お題

□変わらない表情
4ページ/4ページ





「あんたのせいで“こぶ付き”ってばれちゃったじゃないバカ!何で押し入れの中でジッとしてられないのよぉ!!」



何があったのか知らないが、明らかに八つ当たりだ。


女性の後ろから健気について来た子供は、まだ十歳にも満たない少女だ。白いワンピースを着ている。



「お母さん!ゆるしてっ、ごめんなさい!!」

「うるさい!あっち行け!!」



感情的に叫び、唇と同じ赤い爪の光る手を振り上げると、そのまま女性は少女の頬を力任せに打った。

派手な音と共に、小さな体がアスファルトの地面に倒れた。


淳生が思わず「あ」と声を漏らすと、ようやく女性は第三者の存在に気が付いたようで、ばつが悪そうに立ち去っていった。子供を置いて。


徐々に遠くなっていく背中と地面に伏したまま尚も泣き続ける少女を見比べ、淳生はどうするべきかを考える。が、先に体の方が動いていた。


立ち上がった拍子に、ギィ、とブランコが軋んだ。


ポケットに手を突っ込むと色々な感触がしたが、適当に掴んで引き抜いた。

世津子からもらったお菓子を食べずに幾つか取って置いたのだ。

きっかけ作りに丁度いい。

躊躇いがちに少女に歩み寄った淳生はしゃがみ込んで、少し溶けて柔らかくなったチョコレートを差し出した。



「……大丈夫?」



何を言えばいいのか分からないので、とりあえず心配をしてみた。無表情のままだけど。


頬を腫らした少女は、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
警戒するそぶりを見せつつもチョコレートを受け取ると、急いで包装を破り、小さな手がチョコレートでベタベタになるのも構わず口内へと放り込んだ。



「お腹空いてたの?」



今度は饅頭を渡しながら話を聞くと、昨日の夜から何も食べていなかったのだと少女は言った。


――そういえば、やけに痩せている。


清廉な印象を抱かせる白いワンピースは、近くで見ると裾がほつれ、ところどころ黒ずんだ、粗末なものだった。


《虐待》


の二文字が淳生の脳裏に過ぎる。


理不尽な暴力の積み重ねられた跡が、淳生と同じものが、その小さな身体にはしっかりと刻み込まれていた。


その痕跡を一つ二つと発見する度に、何故だか淳生は息苦しくなるのを感じた。



「お、お兄ちゃん、あり、がとうっ」



わずかに警戒を解いた少女は、痛々しいくらいぎこちない笑顔を浮かべた。



「わたし、菜摘。お兄ちゃんは?」


.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ