雪頭の紅梅。


□空音。
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「千代―…」





すっと角に引く。
玖の声がやや間があり聞こえた。苦しげな声。




「牛鬼様にも若様にも梅若丸様にも貴女は期待すべきではありません」


黙り込む千代は返事のように二回頷いた。
玖はぎゅっと抱きしめ服を握りしめていた。


「帰る場所等期待すべきではありません。あの方は貴女の全てを受け止めは出来ません。器があっても技量がありません…どうか…」

「大丈夫よ―…玖…」


「どうか…あの方を本当に愛してはなりません…っ」








どういう意味で玖がそれを言っているのだろうか?
夫婦になると言った時も喜んでくれた、認めていたと思っていた。


「わか、ってる…玖…貴方のが好きになりすぎてるじゃない」










器があっても技量が無い。






「玖…それでも……私は傍に居るわ…殺して下さるまで…私は死なない……だから貴方もダメよ」


「はい…姫様…私は今ちゃんと幸せですから」



「えぇ、私はそれだけでぅ…れ―…」




するりと倒れた千代を抱き上げる。


「す、み、ません…お見苦しい姿を…い、ま…」


「玖、粥を頼む」

「はい!」


額を合わせると酷い熱だった。

乱暴に嫌がり、下りると、ふらふらと立ち上がり眉を下げ微笑む。
気丈に振る舞っていただけだったんだ。



「部屋に―…」


「嫌ですっ、梅若…貴方の怪我はまだ―…癒えており、ませ…ん」
手を掃い柱にしがみつく。



「傷に障りま、す…先にお部屋にお戻り下さいませ」

「…なら、お前が行かぬなら私は戻らない」



少し驚いた表情をして眉をさげ腕を掴む。


「では戻りましょう、か…旦那様…」

「あぁ、そうだな」


ふらつく千代を支え部屋に行く。


「梅若…私……」





千代が突然起き上がり、辺りを見渡す。
真っ青な顔をして。



「いや、いやだ、いやぁぁああああっ止めろっ玖!玖!!」


「千代?どうした」

「子供達が…結界が壊された…殺されてしまうあの子達がっく…」

「何処だ!私が行く」


「ダメ!!」


「何故だそんな姿で…」


目を逸らし俯く。
顔を上げると苦笑いをしていた。

「貴方には私の血の香りがついているからよ…"子供達"は私を害する人を警戒するの、黒田坊は子供の正義の見方よね、だから良かったんですが…貴方は少しわたしの血に染まり過ぎてます」






そう言うと玖が二胡を片手に走って来る。




「姫様!結界が解かれました」

「解ってるわ、行きまっ…」


立ちくらみで倒れる千代の腕を掴む。
玖がそれを見て腰にぶら下げていた水筒を渡す。


「飲んで下さい」

「…終わったら…貴方運べないでしょう?」

「っ…若様、御同行お願いします」




千代を上を向かせ飲ませるソレは酒だった。
ふらりとしていた千代と違い立ち上がると乱暴に腕を掴まれる。


「行くぞ、旦那様や。っチッ酒が足りんな…」

「千代っ…」

玖に乗るとぶわりと逆立つ。




「行け、玖。急ぐんじゃ、稚児等が…っ何処の馬鹿じゃ」



千代の手が震えていた。
暖かいまま。
ぱっと離し髪の毛を一つに括る。くるくると巻き簪で器用に止めると振り返る。



「旦那様、目を痛めてはなりませぬ」


「何処に向かってっ!」


「なぁに、旦那様に手を出させはせん、ただ妾の届く場所に…下りる、チッ食われとるのぅ夕刻張り直した結界でもダメじゃったか…」


着地すると素早く下りる。

そこには二人の人が居た。
玖から下りると素早く子供達の傍に行く。






「のぅ、そこの若いの」



「誰だ…」

「なんだ、お前は!」



「ほおぅ、こりゃ珍しい。大狸の息子が犬コロとつるむとはのぅ」



ケラケラ笑い千代は袖に手を隠し歩き近づく。




「大狸に仕置きされたいか、馬鹿息子めが」

「…誰だい君」

「まぁ良い。子の不始末は親の責任じゃ、じゃがその犬コロの親は御前さんじゃのぅ…ふむ…」



少し考え込むと千代が青白く輝く。




「子の良し悪しは親次第、玉章」



ふわりふわりとゆっくり歩く。
なのに奴らは一歩も筋一つ動かさない。




「咎めはお前も受けぬといかんなぁ、子に人を食わせるのは良いが妾の子等には手ぇだしたら、いくらお前さんと同じ親とて同情も底をついちまうわ」


吐息がかかる距離。



「躾が出来ぬのら、親になる資格は無い、玉章、本当に解らぬか?あんなに勉学を教えたのはお前だけじゃのに…」












「千代…?」












柔らかい笑みをし、頭を撫でた。



「そうじゃ、久しゅうのぅ…」


「何故千代が…」


「ん?此処は妾のぁーテリトリーじゃ、二度と手を出してはならぬ、良いな」

「何故、こんな場所に…っ」

「玉章、返事が聞こえぬぞ」

「…はい…千代姫……」





満足げに笑うとむにっと二人の頬を抓る。


「玉章、ほぅ…奴が言うたのか…そうかそうか…なれば……」


男は千代に抱き着く。



「千代、ボクの隣に居ろ」

「どうしたんじゃ、お前は……」

「千代の力が欲しい」

「玉章、それじゃぁ女は落とせぬ、お前は愛らしゅうて…大狸から貰おうと思うたんじゃかなぁ…」

「なら、何故ボクを置いて行った!」


「今度は連れてって欲しいか?私を選べるか?」


黙り込む、千代の身体に擦り付ける。


「選べるよぅなったらもう一度、来たら良い。玉章。」

「お前はいつも梅の香りがするな」

「そうか?玉章…」

「君の術?」

「いいや、違う。じゃが不思議と妾を好く子等は皆そう言う。不思議じゃのぅ」

「……千代、ボクが君の術から抜け出せるようになったら…迎えに来るよ」

「ほぅ、良い口説き言葉じゃのう」

「それまでは、あの男に預ける」



千代は目を細め微笑む。
面白いと言う様に。



そっと目を隣にして、頭を撫でる。



「玉章を任せるぞ、犬神よ」


そう言いデコピンをする。

二人を抱え離れる。


「玉章、犬神を大切にするんじゃぞ」




二人は牛鬼等もう見えてはなかった。








「千代姫様!張り直しました!」




千代は振り返り素早く玖の傍に行くと子供達は千代にしがみつく。



「すまぬのぅ、大丈夫じゃ今夜は朝まで歌うておる…玖、旦那様を屋敷に連れて行け」


「ですが!」

「変更じゃ、行け」



「っ…はい」




二胡と歌声に眠気が襲う。玖が傍に来るとふわりとした感触。







千代は美しい声音で歌っていた。

優しい表情で。
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