キッド海賊団

□キッド
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「涼しいですね、珍しく風が冷たい」

 船の縁に身体を預け、ステラは何気なく遠くを見つめる。

 キッドもそれに倣い、隣へ立った。海を向く彼女とは逆向きに、背中を縁に預ける。



「忙しいのか」



 船の看板、キッドとステラは久しく二人きりだった。

 キッドは相変わらず暇を持て余すことが多い日々だが、ステラの方がそうもいかない。


 ステラは苦笑で答えた。



「すみません、部屋にこもりきりで」




 ステラはどうも、勉強が好きらしい。

 一度部屋に入れば、何日も出てこない日が続くのもそう珍しくない。

 
 おおかた、机に大量の書物を並べて黙々と作業でも進めているのだろう。

 キッド自身、邪魔をするのは悪いので、中へ入ってみたことは無いが。



「なぜそんなに勉強したがる、テメェは」



 どちらかというと、じっと作業をするのが嫌いなキッドには、彼女の心理は分からない。





 ステラは少し考える素振りを見せて口を開いた。






「そうですね……、生きているうちに、なるべくたくさんのことを知りたいからでしょうか。

 死ぬまでに、世界のすみずみまで知識を得たいと思うから……そんなところです」





「知ってどうする」



 まるで子供のように。



 恋人であるステラの前では船長としてのキッドと、また違う顔を見せる。



 そこがまた、愛しい。



 ステラは口元を緩ませた。





「それはキャプテン、あなたに『強くなってどうする』と尋ねるようなものですよ」







 いたずらに笑みを浮かべるステラ。






「……」







「もちろん、なるべくあなたの、いえ、この一味の役に立つ知識や情報を優先させたいとは思います。

 どうやら私は、戦いよりもこちらの方が得意なようですから」




 そう言ってステラは、自分の頭を人差し指で叩く。










 キッドは何も言わない。








 ステラも無理に沈黙を破ろうとはせず、黙って海へ視線を戻した。















静かに、穏やかに時が過ぎる。


 














 ふいに、キッドがステラの髪に指を絡める。








「……テメェの好きなようにしてりゃいい」







 くすぐったいのか、クスクス笑って身をよじらせるステラ。キッドも思わず頬を緩めた。



 ステラが口を開く。




「私の知識はまだまだ浅いです。

 あなたに出会ってから、急激に世界が広がりました。

 私の世界の中で、―――あなたはとても強い」




「……」



「尊敬します」






 キッドは船の進行方向へ目をそらす。




「珍しくよく喋るな。言いたいことはそれだけか」





 照れ隠しのつもりか、ぶっきらぼうな言い草。




 ステラは微笑を崩さずに再び口を開く。
 



「時に、私、一味に入れていただいて、毎日とても楽しいです。

 とても幸せに過ごしているんです。


 キャプテン、あなたに大切にされることは大変ありがたいことなのですが…… 

  どうか私のことは気になさらないでください。

  キャプテンのことは大好きですが、自分を生きて欲しいです。

 ちゃんとのびのびやって、好きに生きて欲しいのです。

 私は、やりたいようにやってるキャプテンが一番好きですから。

 どうか私などに縛られずに」






 キッドはステラを見つめる。なんの邪気もない顔で見つめ返すステラ。

 


 頭を撫でる手は止めずに、呆れたようにキッドは言う。





「テメェは欲がなさすぎる。自分の幸せを考えたほうがいい」





 すぐに返事が返ってきた。






「だったら―――……
  
   幸せになってくださいね、キャプテン・キッド」




















 あなたの幸せは私の幸せ。


 そういう奴である。


 そして、自分のやりたいようにしかできない俺が惚れたのも、


 そこだったりする。
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