暖かな気温


□逃げますが何か?
2ページ/2ページ



「何!?夜尋が居ない!?」

「ええ。朝部屋にいったら既に姿はありませんでした」

俺の執務室に慌てたジャーファルとその後ろにいるマスルールが入ってきたと思ったら夜尋のこと。昨日少しとはいえ警戒が解け、名前が聞けたときほんの少しでも認められたんだと思ったんだが。ショックのあまり思わずどんよりとした空気を醸し出す。いや、取り敢えず…。

「目撃者を探せ」

「…はい?」

「夜尋を探しだせ」

ジャーファルは己の耳を疑うかのように呆けている。俺が言ったことを飲み込みやすいよう噛み砕いた後、漸く理解したのか目を見開いた。時間にしたら早いけど。

「何故探すんですか!?」

「俺が夜尋を気に入ったからだ!」

「そんな理由で!?あの娘が危険ではないと決まった訳じゃないんですよ!?」

そりゃあな。俺だって信じきった訳じゃないさ。でも倒れる前に見せた表情に惹かれた。興味を持った。好奇心が擽られた。其だけだ。
俺の顔を見て呆れたように諦めたように溜め息を吐いたジャーファル。最近溜め息多くないか?幸せが逃げるぞ。と言ったら誰のせいだと…?と言葉には出来ないくらい物凄い目で見られた。

「……オレ見ましたよ」

「何!?本当か、マスルール!」

「いい匂い、したんで…見たら」

「いい匂いだと!?じゃない、何で止めなかったんだ!」

しまった本心が。俺の斜め前、マスルールの横にいるジャーファル君から冷たい視線を感じ、知らん振りして受け流す。

「…………はぁ、スイマセン」

気付いたら寝てたんで。
何時も通りの無表情に少しだけ申し訳なさそうな表情を乗せてそう言ったマスルールに俺とジャーファルは顔を見合わせる。

「…どういうことですか?」

怪訝そうに訊ねたジャーファル。その時廊下が騒がしくなり、此方に向かってくる足音が聞こえた。三人でドアの方を見ると丁度ドアが勢いよく開き、臣下が入ってきて目の前で頭を垂れた。

「失礼します!シンドバッド王!沖に出た商船が盗賊に襲われました!」

「何だと!?…ジャーファル八人将召集だ、マスルール行くぞ」

「「はい!」」

ジャーファルが部屋を出たのを見てマスルールと共に港へと急ぐ。島から離れ小さく見える船に別の船がくっついている。船は煙を燻らしていて非常事態なのだとわかる。

「不味いな!早く船の手配を!」

「…シンさん。船の動きおかしくないっスか?」

「何……?」

目を凝らして見れば確かに可笑しい。煙を出した商船が通常通りに此の島から遠退いていって、賊のであろう船はその場に残っている。何があった?

「シン!何があったんですか!?」

「ジャーファル。急いで船の用意をしてくれ。ヤムライハは賊の船、ピスティは商船の様子を見に行ってくれないか。報告を頼む。いいか攻撃はするな」

「「「仰せのままに」」」

飛行員である二人に偵察を頼む。可笑しな行動を取った相手の意図が読めない今単独行動は避けた方がいい。空を飛んだヤムライハとピスティを見送り、二人が向かった船を睨む。其処には今までなかった風が吹き荒れて壁の様に船を囲っていた。離れた此処でも微かに感じる強い魔力。感じたことのある其の魔力に焦る。













――水面に漂う船の上。島を離れた船がゆっくりと前進する。

「おい嬢ちゃん此船内に運んでくれ」

『うーぃ』

輸出物の入った大きな木箱を2、3持ち上げて言われた場所まで持っていく。重いけど、楽だわ。メンタル的に。や、だってさ。無理じゃない?あんな汗水垂らして頑張って働いてるのに無断乗船とかさ。思わず『手伝うから乗せて』って言っちまったよ。

『運べたー』

「おー嬢ちゃん早いなぁ!ちっこいのによく働くし体力あるし!どうだこのまま此の船にいないか?」

『おー嬉しいけど無理だわ!』

すっぱりといい笑顔で軽いけどかなり本気であろうお誘いを断る。何奴もいー奴で飛び入りの私を温かく迎えてくれた。まぁ最初は役に立たないって言われたけど。キレて其処にあった荷物持ったら驚いてたけど仕事任せてくれたし、普通に接してくれるし。

ただなんか赤い髪の鎧着てる奴が訝しげに此方を見てる。確かスパルトス様って呼ばれてたよな?八人将って奴らしい。シンドリアの守護神。つまり主要な人間。さっきからなるべく目に入らないようしようとこそこそしてたりする。
別の荷物を庫に運んでいると、此の部屋の頭上にある甲板が騒がしくなった。嫌な予感がして荷物を適当な所に丁重に放り階段を駆け上がる。閉められたドアを開け放つと怒声と悲鳴が聞こえた。

『何があった!?』

「賊だ!嬢ちゃんは隠れてろ!」

賊!?賊ってあれか!?ちっ。大きく舌打ちをして周りを見渡す。下品た笑い声をあげて刀を振り回す賊に対して、交戦してる奴、荷物を急いで締まってる奴、発煙筒で国に知らせてる奴。スパルトスって奴も大きい槍を構えて大柄な男と応戦している。その奥に見えた積み荷。其に向かってダッシュする。辿り着いて荷の袋を無造作に開ける。其の中身を心の中で謝罪しつつも取り出して、賊から逃げている船員の元に走る。間に合え!キンッと金属がぶつかる甲高い音が耳に煩わしく響く。

「なんだぁ!?」

相手の剣を往なして弾く。座り込んだ船員を背に庇うように賊との間に立つ。どうすれば逃げられる。どうすれば傷付かない。どうすれば問題なく済む。どうすれば…、。剣を持った右手を前にして鋒を敵に向け、此の船全体に響き渡るように冷然と声を張る。

『ねぇ、ゲームをしよう』

どうすれば、なんてそんなの単純明快、簡単明瞭。私が囮に成ればいい。さぁ乗れよ。此の誘いに。挑発に。扇動に。私を楽しませてよ。








続く
(250324)
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ