暖かな気温


□不運は重なるよね
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「…っな!?」

「…魔法使いか。よし追い掛けるぞ、ジャーファル!」

「ちょっと、シン!?ああ、もう!」

一日の終わりを告げる赤黒く染まる街や城に背を向けて、さっきの少女が飛んでいった方へと向かう。あの少女が何故か気になる。空の一部は既に紺になっていて、雲の切れ間で一番星が輝いている。吸い込まれるような感覚で暗い森に入ると、空気が何処か違う気がした。静かに俺の後をついてきているジャーファルも気付いたのか眉を顰める。

『おーきたきた』

さっきの少女の声が聞こえ、ジャーファルに目配せをし、草の茂みに隠れて様子を見る。次の瞬間俺は息を飲んだ。隣にいるジャーファルも肩を揺らし、今の風景が見えてるんだとわかった。

「シン…あれ」

「…ルフだ」

森の真ん中にぽっかり切り取られたかのような開けた場所に広がっていたのは、普通の奴には見えない、其処等中から沸き上がる暖かい光。生命エネルギーみたいな其は、実際普段のジャーファルには見えない。木から、葉から地面から、池からも光が溢れ、真ん中に立っている少女の周りをふわふわと飛ぶ。植物や水が何処と無く楽しそうに嬉しそうにざわついている気がする。

『楽しそうだなぁ…』

色んな形を織り成す黄金は自由に、規則的に、変速的に飛び回って、雲に隠れて見えない月の代わりに彼女や木々などを照らす。

「綺麗だ」

無意識に口をついた素直な感想。キラキラと何処か別次元のような光景に思わず溜め息を吐く。ジャーファルも何も言わずただぼんやりと焼き付けるかのように目を凝らして見つめている。彼女は黒い空を見上げて、静かに息を吸った。刹那、闇に呑まれた森に綺麗な、でも、力強い唄が響き渡る。すると、今まで姿を表さなかった丸い月が彼女やルフ、森を其が当然であるかのように優しい光で照らした。

「シン…」

「あぁ…」

急に今まで以上に威圧するかのように空気が重くなり、まるで異物である俺達を追い出そうとしてるように感じた。此以上此処に居たら不味いかと本能的に感じ、最後に其の光景を残そうともう一度少女の方に目をやると、唄を紡ぎながらキョロキョロとしていた。
どうしたんだと見ていたら、その目と視線が交わった。唄が途切れることはないものの、彼女の目は驚愕に染まり、見開かれる。だが其も一瞬で、直ぐに何で居るんだと咎めるように射竦められた。

「シン…?」

「悪い。気付かれた」

ジャーファルは俺の言葉に驚いたかのように、少女を見る。少女は唄うことを止めず、其でも敵意を俺達に向ける。ジャーファルは眉間に皺を寄せ、服の下に仕込んである武器を何時でも攻撃出来る様に掴み構え、俺を伺い見る。

「どうしますか?」

案に止めるか?と聞いてくるジャーファルに首を横に振る。横から感じる追究する訝しげな視線を受け流しながら少女を見やる。少女はもう此方を見てなく、唄を一欠けもしていない綺麗な望月に捧げるように唄う。曲調が変わったと思ったら、少女は其に合わせるように踊り出した。月の光を浴びながら舞う少女に目が奪われる。ジャーファルも動くことなく見つめている。確りと脚を地につけ力強く、其でも何処か飛んでいるかのように軽やかに。彼女が動けば、其に伴うようにひらひらとルフが舞う。

「……」

口が動かない。何か言おうと口を開こうとするも、声を発する所か息も儘ならない。寧ろ息をするのも烏滸がましく感じる。其だけ美しいんだ。言葉では表しようがないくらい。
何時まで然うしていたか。数十分…いや、数分かもしれないし何時間かもしれない。身動ぎ一つせずにその場でその現象をただ見ていた。ふと、唄が途切れ其に合わせ段々と光が消えていく。月の光以外無くなり静かになった森にバサッと何かが落ちる音が響いた。次の瞬間には今まで感じていた重苦しい異質な圧迫感が消えた。

「…ジャーファル…苦しいか?」

「いえ…何だったんでしょうか?」

起きていたことを思い出しながら周りを見渡すも、静かな森はさっきまでのことを否定するかのように闇に抱かれている。あまりにも急な静けさに、幻でも見てたんじゃないかと思う。ただ一つ…あの摩訶不思議な現象の確固たる原因であろう少女。広場の真ん中に月の光に包まれるように倒れている此の少女の存在だけが、先刻在ったことを夢ではないと、現実だと信じさせてくれる。

「……シン」

起きる気配のない、少女に近付く。ジャーファルは、警戒しながらも後ろを着いてきた。少女は汗を掻き息が荒いが、どうやら寝ているだけらしい。額に汗で引っ付いた髪を退けてやり、彼女の背中と脚に腕を入れ抱き上げる。

「シン、まさか貴方…」

「あぁ!この娘を連れて帰るぞ!」

何か抗議しようと開かれた口からは盛大な溜め息が吐き出され、其以上言葉が出てくることはなかった。ジャーファルを見ると額に手を当て諦めたような表情をしている。だが顔を上げると俺を睨み、疑う目を俺が抱き上げてる少女に向けた。

「もしこの娘が怪しい行動、言動をとったら…」

「わかっている」

言葉を遮るように言うと、ジャーファルはまた溜め息を吐いた。先程とは違って申し訳程度の小さいものだけど、さっき以上に諦めと呆れが含まれていて苦笑を溢す。苦労をかけている。

「そうと決まったら帰ろう。シンドリアへ」

「畏まりました、我が王よ」

結論が決まった所で少女をもう一度抱え直し、街へと向かった。月は何時の間にか雲に姿を晦ませ、森も何もかもを闇へと導いた。






少女は船に乗ってシンドリアに着くまでの間一度も目を覚まさなかった。心配していると、ジャーファルも警戒しながらも心配していた。
シンドリアに着いて、ジャーファルの反対を押し切って少女を抱え城に戻る。
帰りを出迎えてくれた民や従者等が驚いたり、叫んだりと各々反応するのが面白くて笑うと、後ろでジャーファルが盛大溜め息を吐いたのが聞こえた。





続く。
(250319)
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