暖かな気温


□夜への知らせ
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先程終業の鐘が鳴り、騒がしかった廊下をゆっくりと歩く。光が射し込むような構造の廊下を橙の暖かい光が照らす。私の影が伸び、王宮の柱の影と重なる。西を見れば、海に姿を半分隠した太陽。なんで朝昼夕で色が違うんだろうと、太陽から空をなぞるように見る。橙から黄に変わって白、黄緑、水色、青、藍、紺…辿って行けば東の空に少し欠けた月が見えた。今日は十六夜だなぁ…。一番星が空に輝いている。雲は疎らにしか無くて見通しよく夜空が見渡せる。首が痛くなるのを無視して見詰めていれば、ぶるりと身体が震え現実に戻される。寒さには耐えられません。自分を抱き締める様に両腕を掴む。

「夜尋」

聞き慣れた声が私の名前を呼び、呼ばれた方を見る。シンドバッドが腕を組んで笑って、ゆっくりと近付いてくる。

「こんな所で何してるんだ?」

『別に何も…空見てた』

「空…?」

其に応えず空を見上げれば、シンも釣られた様に顔を上に向けた。さっきよりも蒼が広がり、色が深くなり、一番星は数多の其に埋もれ姿を隠した。月は其の輝きが増して、太陽の代わりに地上を照らす。

「…綺麗だな」

『ぉー…』

「普段は忙しくて見上げたりしないが…いいものだ」

・・・・・・・。
…忙しくて、は突っ込み所?突っ込み待ってんの此?ボケたの此。つか今更なんだけどなんで此処居んの。仕事は?

『あのさ、』

「ん、なんだ?」

いい感じで此方振り向くシンドバッド。…妙に決まってるのが腹立たしい。どうしよう殴りたい。顔がいいと得だよなー…。

『仕事は?』

「……終わった!」

『サボりだな』

「なっ…ち、違うぞ!」

『今の間はなんだ、今の間は』

誤魔化すの下手か!…本当はそーゆう談論とか得意なんだろうけど。自分の都合のいいように、相手が気付かない程度に少しずつ誘導していくんだ。シンみたいに顔が甘けりゃ余計。相手が一歩引いたところで笑ってるかと思いきや、何時の間にか押し負けている。そんな、王として、人として高い対話術を持っている。

『其の内ジャーファル、心労で倒れちまうぞ』

「う…だが俺は昼御飯も惜しんで仕事したんだ!」

『今まで溜めてたからじゃねぇ?』

自業自得だろ。然う言えば狼狽え、2、3歩下がるシンドバッド。あぁ…図星ってことは、自覚はあったんだね。冷たい目で見れば、顔を下げプルプルと肩を震わせ始めた。

「冷たいぞ、夜尋!」

急に顔を上げたかと思えば、だんっと踏み鳴らし凄んだ。あまりの迫力に驚いて咄嗟に仰け反ったまま、戦闘体勢を整える。え、何。反撃?

「皆夜尋と話したり出掛けたりしてるのに俺は仕事仕事。夜尋と真面に過ごしてないじゃないか!」

『う、うん?』

「なのに夜尋はそんな俺にまだ仕事をしろと言うのか!?」

『え、と…だって当たり前じゃ…』

「夜尋と過ごせないのは当たり前なのか!?」

『そーゆう意味じゃない…ん、だけど…』

仕事するのは当たり前な筈…。なんだ?妙に押しが強いぞ?大分押せ押せなんだが。そして一歩一歩確実に近付いてきてるから、迫力あって怖い。

「じゃあ俺は夜尋と居ていいんだな?」

『いい、のか?うんー…?』

駄目だわからない。話の流れが全く理解できない。なんか話掏り替えられてないか?仕事の話だったよな?なんで私と居る居ないの話になってんの。展開が早すぎて話聞けてなかったのかな?畜生やっぱシンの得意分野か。いや流されるから駄目なんだ。軌道修正すればいいんだよな。

『…シン。仕事しよ』

「…ジャーファルが心労になるかもしれないからか?」

『其もまぁ心配だけどよ。王の仕事は王であるシンにしか出来ないことだろ?』

シンは常にちゃらんぽらんって訳じゃなくやるときゃやる奴だから。こんなん私に言われたかないだろうけど。

「夜尋…」

う…なんか捨てられた犬みたいな顔止めて!でも何処と無く嬉しそうな反応もっと止めて!反応出来ないぞ!?つか器用だな!?

「そうだ、夜尋も一緒に行こう!其なら仕事するし、夜尋とも居れる」

『…いや、流石に其は。夜。夜は?時間一杯あるだろ?な?』

「夜も一緒だ!さあ行こう!」

あっれ強引ー。拒否権も選択権もなく手を引かれて強制連行ですよ。体格差か、足を踏ん張って抵抗してもずるずる引っ張られる始末。寧ろ転けかけて悪化状態。終業の鐘が鳴った後だから、廊下には此の王の奇行を止めてくれる人も居ない。oh…。

『ジャーファルに怒られるよ』

「大丈夫だ」

『何処から来るんだ其の自信』

「仕事を終わらせればいいんだからな!」

駄目だ話通じてないよ。何故かキャッチボールで変化球投げてくる。流石七海の覇王、シンドバッド。何するか一切読めん。お陰で此方、毎回ボール取りに走らされるけどな。廊下を歩いていれば、丁度此方に向かってきていたジャーファルがシンに気付いて走ってくる。

「シン!貴方また…!」

「ジャーファル!早く戻って仕事を済まそう」

「は……はあ?」

然う言ってジャーファルの横を通り過ぎた。怪訝そうに声を上げたジャーファルに同感の意を頷くことで示す。普段あの手この手で逃げるからなー。どーゆう心境の変化?つか第一にお前が逃げ出さなきゃよかったんだよ的なね。まぁ、シンがジャーファルを追い越せば、引っ張られてる私も遅れながらも必然的に追い越すわけで。バッチリと目が合いました。

「夜尋!?」

『やほー』

「どうしたんですか?」

『ん?捕捉?誘拐?』

「…あぁ」

納得された。今ので納得されちゃったよ…。もう疲れも相まってか何も言ってこないけど、呆れ顔だよ。つか、大分間抜けだな。かなりやる気満々で此でもかと大股、急ぎ足で歩く王。に、腕を引かれて引き摺られてる私。に、怪訝そうに眉間に皺を寄せ、早足でついてくる政務官。うっわ変な図。








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