暖かな気温
□鬼畜と初心男
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『はぁ?仕事ぉ?』
「すいません。今皆忙しくて、猫の手も借りたいとこなんですよ」
私が猫って言いたいのか?ま例えだろうけど。つか、真っ赤な嘘とは言わないけどさ…明らか此の前のお母さん発言根に持ってんだろ此。ニヤニヤしてますもの。公私混同とか職権乱用すぎる。
『ごめんけど、私忙しいからさー』
「へぇ?其は、寝たりごろごろしたり寝たりするからですか?」
…聞かれてたー!さっきスキップしながら言ってた一人言全部聞かれてたー!盗み聞き超悪趣味!おーのー逃げ道塞がれたよぅ。確かに事実暇だし、することないから寝ようと思ってたけど、ジャーファルがニヤニヤして押し付けてくる仕事だろ?絶対面倒臭い!
『あ、そーいやー用事あったの思い出した』
「はぁ、用事ですか」
『そーそー用事!』
「どのような?」
どのような?どのような…。嘘なんだから知るわけないだろ!わからねぇよ!確信して訊いてくるから質悪いんだよ。
『……どんな仕事?』
「おや?用事はいいんですか?」
腹立つな此奴!
『嘘だよ用事なんかない。わかってんだろーが』
「ふふ…さぁどうでしょうか?夜尋に任せたいのは書庫の整理です」
流しやがったけど、一々腹立つ反応する奴だな此奴。つか書庫って…王宮の書庫、途轍もなく広くて一人で整理出来る範囲ではなかった記憶があるんだが。気のせいだろうか?否、気のせいなんかではない。書庫、別名図書室な其処は私も此の国に居着いて直ぐの時から利用し、殆どの本を読破したりしてなかったり。上の棚の本が取れないだ、目当ての本が見つからないだと身を持って書庫の広さは経験してる。読むのは没頭すれば何時の間にか終わってたりするが整理となれば然うはいかない。苦い顔をしてるのに気づいたのか苦笑して口を開く。
「一人では大変でしょうからもう一人手が空いてる者を付けますね」
『……猫の手も借りたい位忙しいんじゃ?』
「要らないんですねわかりました」
『冗談です助かります!』
溜め息を吐き、頼みましたよと言い残して廊下を歩いて去っていくジャーファル。…かなり疲れてますね。足取りは確りしてっけど、目に隈さんいたし寝不足かね?油断したら寝ちゃう感じですよ。
『さてと、』
書庫に行きますか。ジャーファルが向かったのとは逆の方、黒秤塔に足を向ける。本当は気分が乗れば身体でも動かそうかと銀蠍塔に行こうと思ってたんだけどな。まぁ、どっちにしろ気分が乗れば、前提だったしいーか。何時もと変わらない歩調で気負うことなく書庫に向かう。もう一人って誰だろー。
『え、君?』
「…ジャーファル殿に言われてな」
書庫の前で誰か来るのを待つ。や、先に始めとくとかそんな殊勝な心掛け持ってないよ。丁度日向な其処は暖かくて目を閉じていると私に声が掛かった。目の前に居たのは銀の鎧を身に纏った赤髪。確か…スパルトスだっけ。あんま此奴と絡まないんだよなー。王宮内ではあんま擦れ違わないし。
『ふーん…ま、いーや。やろーぜ』
「其のつもりだ」
なんで此奴こんな喧嘩腰なんだよ気に障るなぁ。刺のある言い方しか出来ないのかよ。不快な思いを溜め息に込めて、聞こえない様に吐き出す。書庫の大きなドアを開けて中に入る。明るい所に居たから中が物凄く暗く見えるも直ぐに慣れて本棚の方に向かう。
『逆からして効率よくやろう』
「わかった」
其以上何も言わず、背中を向けて別の本棚に向かったスパルトス。彼奴は初めて会ったときから馬が合わないんだ。不躾に見てきやがるってのに目は合わせねぇ。丁寧な態度なのに鋭い視線。癪に障る。まぁ、別にいいや。余程の事がない限り接することはない。
『ふむ…』
書庫の整理ってさ、本とか読んじゃったりして進まないよね。最初はこんな適当に仕舞うなよーとか脳内で愚痴ってたんですけどね。にしても…シンドバッドの冒険書は何時見ても謎だ。脚色塗れなのは分かってるのに面白い。流石に無理ありすぎる嘘もあっけど、何があるか分からない此の世の中だ。全てを否定しきれない。
「ぃ…おい!何してるんだ!」
『ぅおわっ!?』
本から意識を戻して視線を声の方に向ければ少し厳しい顔をしたスパルトス。つか近い!本棚近くの壁に凭れ掛かって体育座りの状態だから此以上後ろには下がれない。
「何故整理してない?」
『あー…ぇと…ごめんなさい』
本を閉じて素直に謝る。…スパルトスの目、真っ正面から見るの初めてだなー。其の事実から目を離せないでいるとスパルトスが慌てたように離れた。
「っ!?す、すまない!」
『ん?あぁ。私も悪かった』
立ち上がって持っていた本を他のと合わせて巻順に片付ける。横目で見れば、視界の端に片手で目元を押さえたスパルトスが変わらず其処に立っている。声を掛けようと近寄れば焦って自分の仕事範囲の場所に戻っていった。
『ふぅ…』
其から一刻程過ぎ、粗方の整理はついた。敢えて言おう。会話など一つも無かったと。整理中ってことで書庫に訪れる者はいない為、普段から私語厳禁な此の部屋は更に静かで私かスパルトスが発てる物音位しか聞こえなかった。気不味さは無かったけど、此の妙な沈黙は困ったことにかなり私の眠気を促進してくれちゃって、此がまぁ頭ぶつけるわ涎垂らしそうになるわと大変だったわけで。要するに眠いってことです。もう一息吐いて手に持っていた最後の一冊を棚に戻す。肩に手を乗せて首を左右に振ればポキポキと鳴る。
「終わったか」
『おー、其方もか』
あぁ。頷いたスパルトスを見遣ってから、勢いを付けて立ち上がり背中を伸ばせば小気味いい音が耳に入る。広い部屋を見渡して、一人満足して頷く。外を見れば既に太陽は南から西に大分傾いていた。
『んー…暇だし報告したら銀蠍塔行こっかな』
「…お前は武に長けていたな」
『長けてるかはわかんねーけど、まぁ得意ではあるかな』
書庫をもう一度見渡して部屋を出る。報告の為ジャーファルの居るであろう白羊塔に向かう。斜め後ろを付かず離れずの距離で付いてくるスパルトス。廊下で擦れ違う女官達が笑って挨拶をし、スパルトスに頭を下げる。今更だけど、やっぱ八人将って偉いんだな。ジャーファルや文官達の執務室のドアを控え目に叩く。擬音語にしたらドンドン。コンコンじゃない辺りに私の怒りを察して欲しいけど、私だって子供じゃないから手荒な真似はしてないつもり。かな、一応。スパルトスが凄い呆れた顔で睨んでくる。器用だねー。ジャーファルが若干苛ついた様な声で許可を出したのをドア越しに確認して、ドアを開けて中に入る。
『やっほーお疲れ様』
「スパルトスと夜尋ですか。書庫の整理終わったんですか」
『うんー』
「はい」
「そうですか、お疲れ様です。もう戻っていいですよ」
最初の一瞥以外机に齧り付いて此方を見ることのない視線に文句を言おうと思ったけど、疲れた様子のジャーファルを同情して口を噤み、了承の意を示して大人しく背中を見せる。彼も疲れてるんだよね。王とか王とか王のせいで。仕方無いなぁまた何時か気が乗れば手伝ってあげよう。ジャーファルに一言労いと激励の言葉を掛けて廊下に出る。スパルトスも出てきたのを見て静かにドアを閉める。
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