暖かな気温


□決意と表明
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「話、聴かせてくれるか?」




葛藤に溺れ沈黙するも、重々しく渋々と頷く。王宮に沢山ある部屋の一つで、普段人が軽々しく入れる場所ではない王の執務室。其の執務室の主であるシンドバッド王。そして背後にジャーファルとマスルールがいる。三人とも厳しい顔をしていて空気が重い。なんでこんなことになっているんだ…。

確か、シンドリアの地に再びついた瞬間に城に運ばれた。行きしなに林檎をくれたおじさんはおかえりと笑っていった。
そして王宮に着けば部屋に連れていかれて、私とそんなに変わらないんじゃないかって風貌の少女に乾いた血を濡れたタオルで拭かれた後、腹部にぐるぐると包帯を巻かれた。うん。次に、魔法使いの出で立ちの女性には彼女が調合したと言うよく効くらしい痛み止めと、目に当てる用に魔法で手頃な大きさの氷を出して布に巻いたものを頂いた。其を目元に宛行いながら服を見繕ってもらい手伝ってもらいながら着る。
其処に白い雀斑の男、ジャーファル?に呼ばれて、糞重たい沈黙と疑いの空気の中此処まで連れてこられた。そして今に至る、と。

「夜尋?」

王に名前を呼ばれてはっとする。無視とか大分失礼なことしたんじゃ…。失礼とか今更か、うん。立ったままではあるけど頭を下げる。

『申し訳無い』

「いいんだ。其で?」

…………。
…其で?あー…話か。なんの、なんて野暮なことは聴かないけど。何処から、何処まで?

「話せる所だけでいい」

「シン!!」

其じゃあ話したくないで逃げられるじゃないか。…違う。用意してるのか、逃げ道を。なんて狡い奴なんだろう。そうやって私自身に選択させるんだ。戦うか逃げるか。そして私がどっちを選ぶかわかっている。自分が無理矢理言わせたって立場にはならない。本当に狡い。

『私は…、』

話す。物音一つしない静かな部屋に私の声は大きく響いて聞こえる。只此方を見て私が話すのを待っている三人。此の空気や視線は緊張と不安、悲観、嫌悪等の負の感情を誘い、其に因る息詰まりや吐き気が附加される。何が嫌なんだろう。思い出したら自分が苦しくなるから?話して嫌われるのが辛いから?…駄目だ、わからない。首を振って、話をするために口を開く。




『私は"朧"。そして朧は滅んだ』




驚いた顔をした三人の顔を見つつ話を続ける。

私が7つに成ったとき滅んだ朧。望月の夜は村の皆で宴をする。其の夜、ある組織が私達の村を襲った。私と長を移動魔法で逃がし、村の皆は戦った。私は長に眠らされ、数時間後目を覚ましたら居なくなっていた長。村に帰ると燃えた家、生き残りはなく其処らに無惨に倒れている。荘厳と輝く望月に照らされた地面には、横たわる誰とも判別出来ない死体と、其の指先には血で書かれた八芒星―…。



簡潔に、端的に話し終わると、深呼吸をした。固まった空気が煩わしく、外界を遮断するように目を閉じる。自分の心音に耳を傾けていると聞こえた溜め息。ぴくりと動き次の言葉を待つ。胸の何処かにある今まで湧くことのなかった縋り付くような淡い期待と、こびりついて消えない諦念。期待するな。言い聞かすように頭に響かせる。

「よく頑張ったな」

発せられた言葉に無意識の内に止めていた息を吐く。あぁ、やっぱりか。彼は私が望む言葉をくれるんだ。だから嫌なんだ。私が変わるのが。自分がわからなくなるのが。彼に甘えてしまう。委ねてしまう。任せてしまう。私は私じゃなくなって、独りで生きていけなくなる。裏切られたら立ち直れない。きっと其の優しさに、暖かさに依存してしまうから。

「え、夜尋!?」

初めてジャーファルに名前呼ばれた。慌てて近付いてくる彼に警戒心を高める。其に気付いたのか、ジャーファルは身体の動きを止めた。

「なんで泣いてるんですか」

距離を保ったまま今までとは違う優しい声を私に掛ける。あぁ、またか。此の国に来てから感情が制御出来ない。私の手に終えなくて振り回されてる。声を出さないように唇を噛み締めて、涙が零れないように顔を上にあげ天井を睨む。

「夜尋」

なんで名前を呼ばれただけなのに満たされた気分になるんだろう。まるで其が当然の様に胸に納まる。感化されすぎじゃない?椅子から立ち、沢山の巻物や紙と羽ペンが積まれた机を回って私の前に来る。

「夜尋は一人じゃない。此処にいていいんだ」

いてくれ。私の前に膝をついて手をとった。つられて下を向くと優しい琥珀色の目で私を見ている。彼の瞳の中の私は頼りなく情けない顔をしている。はは、だっせぇ。

「お前は頑張った。甘えていいんだぞ」

不意に繋がっていた手が引かれ、シンドバッドの腕の中に抵抗なく飛び込む。目を見開くと、堪えていた涙が零れ落ち王の服に吸い込まれて広がった。

『ほんとなんなのお前…』

「ん……?」

『私の壁を全部ぶち壊して、私の奥に入ってきて、私の欲しいものをわかってて…』

私のせいで殺されて息絶えて死んでいった仲間。恨むなって、怒りに、絶望に身を委ねるなって。黒く染まるなって。だから、遣る瀬無い気持ちだけを持て余した。
笑っちゃ駄目だ。皆は笑えないから。泣いちゃ駄目だ。皆は泣けないから。希望や期待をしたら駄目だ。皆は絶望に溺れ期待を裏切られたんだから。死んだら駄目だ。皆は生きられなかったんだから。許したら駄目だ。皆は総てを許してるから。
私はどうしようもない感情を欲望を封じることで皆に償おうとした。だから私は必要としなかったし求めなかった。例え心の奥底で渇望し切望し叫び悲鳴を上げようとも。

『私が耐えてきたものを全否定して、私を許した…』

「夜尋…君は弱い女の子だ。一人で総てを抱えようなんて、生きようなんてしなくていい」

私を抱き締める腕の力が強くなり、身体が更に近くなる。恐る恐る腕を伸ばし、シンドバッドの背中にそっと腕を回す。私の短い腕では届かなかったけど、縋るように、求めるようにしがみつく。手遅れかもしれない。私は多分シンドバッドに依存してしまっている。今までいなかった、無条件で優しさや愛情をくれる心地好い存在に…。

でも其じゃ駄目だから。私が此処にいたら、彼や彼の大切にするモノが崩れ、壊れるから。他のことや前の私ならそんなの気にしなかったけど、今の私は其を望んでないから。綺麗で眩しい此処が其のままで在るには、何をするも吝かではない。

腕を離し、肩を押して距離を開ける。シンドバッドを見ると、驚いた顔をしていて、其の中にいる私はもう先程のような情けない、頼りないものではなく力強い意志が籠っている。其を見て自然に笑う。力を与えてくれた彼に。

『シンドバッド、私は…』





此処を出るよ。






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