暖かな気温


□強制連行ですよ此
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目の前で真っ赤に染まって横たわっている夜尋と名乗った、シンドリアから逃げ出した年端もいかない少女。周りを見れば死屍累々というのが正しく、どうやら自身の血ではないらしい。彼女とあのでかい男以外は全員倒れていた。あの男も其なりの傷を負っている。夜尋がやったんだろう。夜尋は其の見た目にそぐわず強い。

あの風壁もそうだ。あれ程の規模の壁を長時間持ち堪えた上、まだ使える計り知れない魔力量。此処に倒れてる賊なだけある屈強そうな男達を倒すだけの武力、体力。そして本気ではなかったとは言え八人将4人から逃れるだけの実力。
マスルールに聞いた話から推測すると、相手に触れると眠らせることも出来るんだろう。仲間としては魅力的だが反面、敵になると脅威的でもある。夜尋は危険だ。手中に納めておきたいし、何より他の戦力、特にアイツ等のいる煌帝国には渡すわけにはいかない。

「君は何故此の船にいるんだ?」

『…成り行き』

答えになってない答えを真面目な顔で返す夜尋に苦笑を溢す。微かに顔を歪めているからジャーファルが紐を絞めているんだろう。歪めてると言っても眉間に皺が少し寄った程度でちゃんと見ていないと気付かない位微々たる反応。其にしても声すら上げないか。

「其の経緯を話してもらおう。場合に寄っちゃ君を捕らえなければならない」

どっちにしろ手に入れておきたいから連れて帰るつもりだが。今までの痛みとは違った露骨な程の顔の歪みに、其処まで嫌かと思う。するとマスルールが此の船の頭であろう、夜尋を抜いて唯一立っていた頑強な男を連れてきた。

「……シンさん」

「なんだ?」

「すまねぇが其奴を解放してやってくれねぇか」

マスルールに腕を後ろに捕まれたまま頭を下げる頭。俺やジャーファル達、夜尋までもが驚いている。待て状況が掴めない。此奴は敵じゃないのか?

『大将何言ってんだよ』

「其は彼女が貴方達の仲間だからですか?」

「違う。其奴は囮だ」

ジャーファルの問いを強く否定する男。囮?どういうことだ。男を促すように見れば、疑問が溢れる此の空間に男の声が響く。

「其の嬢ちゃんはさっきの商船を守るために此の船に乗った。オレ等とは関係ない」

『いいって大将』

「夜尋」

強く名前を呼ぶと、言葉を詰まらせ悔しそうに下唇を噛んで黙る。そんな夜尋を横目に男を見て真意を図る。つまり商船が何事もなかったのは彼女のお陰だと。だから此の船にいて他の奴等は倒れていると。だが此の男の話を信じるとしてもわからない。夜尋に此処までされて、何故此奴が夜尋を庇うように申し立てるのかが分からない。ふと胸の奥に表れた言い表しようのない重たい何か。其を消すように忘れるように思考を入れ換える。

「本当か?夜尋」

『……本当だって言ったら信じんの?』

まるで猫が毛を逆立てて威嚇するかの様に下から鋭く睨みつける夜尋に、征服意欲や支配欲が満たされる。こんな風に警戒感溢れる反抗的な奴程懐かせたい。嗜虐心が擽られ、口角を上げる。

「スパルトスに聴かないことにはどうとも言えないが、大方の辻褄は合うからな」

「シン!」

ジャーファルが俺の名を咎める様に呼ぶ。意外そうに目を見開いた夜尋に、此方が驚きガン見してしまう。そんな顔もするんだな。無表情か嘲笑しか見なかったからな。するとタイミングよく、上から俺を呼ぶ声と共に鳥の羽撃く音が聴こえた。俺の身の丈より小さいが大きい白い鳥が船に降り立ち、其の背中から幼い風貌のピスティが現れ、俺に近づいてくる。

「ピスティ、商船の方はどうだった?」

「なんかねー、小さい女の子が気を引いてくれたお陰で何もなかったって!」

俺の影で夜尋に気付いて無いのか明るく然う言うピスティ。小さい女の子…此処に居て、其の場に立ち合った少女は当然のことながら夜尋だけだろう。商船の人達が心配してたとか、ありがとうとか、また乗ってくれとか言ってたと俺に伝えるピスティの声は此の小さな少女に届いているのだろう。俺は夜尋に向き直る。

「夜尋シンドリアに戻ろう」

『やだ…』

「何故だ?」

俺の言葉を悩むことなく直ぐに否定した夜尋に理由を聞くも、顔を俯かせ何も答えない。応えない。

「王サマ」

「なんだピスティ?」

「其の子、怪我してるんじゃないかなぁ?」

其の言葉に驚いてピスティの指差す所を見る。此方からは身体に隠れて見えなかったが反対側に血溜まりが出来ている。しかも甚大な量の。まさか此で動き回ったと言うのか!?口を噤み、目を閉じて痛みに堪えるように動かなくなった夜尋に焦りが生まれる。

「直ぐに国に戻るぞ!」

「ちょ、シン!?」

「船を出せ!」

慌てた様に声を上げるジャーファルが俺に走り寄ってくる。其を手で制して赤い紐を外させ、夜尋の背中と膝裏に手を入れ小さな身体を抱える。急に体勢が変わったことに傷が痛んだのか食い縛った口の隙間から小さく声を漏らした。

『ふざ、け…んな…』

抗議の声も、胸を押す力も弱々しく頼りない。こんな風に抱き上げるのは3回目になるが変わらず軽い。こんな少女に其程恐ろしい力があるのかと考えてしまう。だが油断し過ぎたか、次の瞬間に俺は其の場に膝をついた。其と略同時に倦怠感、疲労感に襲われ瞼の重みが増す。紛れもなく眠気だろう。

「王!?」

「っ!?シン!!」

ヤムライハの悲鳴に近い声に続いてジャーファルや皆の声が何処か遠くから聞こえる。だが其のまま眠りに落ちることはなく中途半端な怠さだけが残った。目を目一杯開けて首を左右に降り、立ち上がる。

「何されたんですか!!」

「大丈夫だ」

忘れてた。マスルールは此で眠らされたのか。油断していた。眠らせるつもりがなかったのか、眠らせられる程の力が今なかったのか、其とも俺には効かなかったのかはわからないが。
俺以外に聴こえてなかった小さい舌打ちに思わず笑みを溢した。其の行動や顔が年相応に見えたから。だが後ろから感じる不平不満全開の視線に苦笑に変わる。

『もう好きにしろ…何があっても知らねぇから』

「ははは、君なら大歓迎さ」

呆れ、諦めの濃い夜尋の言葉に、声を出して笑うとまたされた舌打ちと強くなった背後から感じる視線。増えた?え、視線増えた!?

「シン…」

「シンさん…」

「「王…」」

あれ?仮にも王サマなんだけど俺!何だ其の絶対零度の目は!?ニコニコと笑ってるピスティ以外の冷たい目と現実から目を反らし、溜め息を吐いて指示を出す。

「ヤムライハ、ピスティは先に王宮に戻って部屋と薬品の用意をしてくれ」

「「仰せままに」」

直ぐに島へと向かって飛んでいった二人。まだ納得のいってない顔のジャーファルに向き合う。

「ジャーファルとマスルールは此の船をシンドリア迄連れてきてくれ。シャルルカン行くぞ」

「はぁ……わかりました」

「…了解」

渋々と言った感じで頷いたジャーファルと何時も通りのマスルールに背中を向けて、隣接して止まっている自分達が乗ってきた船へと移動する。現状で魔力を使うとは…悪態が吐けるとは言え此の出血だ。一歩間違えば、少しでも遅れれば死に至る可能性もある。早く城に急がないとな…。













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