暖かな気温


□逃げますが何か?
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――ババ様!皆!



炎がたゆたう見馴れない自分の過ごした場所。猛火に呑まれ原型が残ってない自分の育った家屋。残り火が燻る判別不可能なつい昨日まで笑いあっていた筈の人。彼方此方の地面に飛び散っている土が吸ってどす黒くなった朱。灰色の煙や火の粉が紺色の空に舞い上がり覆う。熱気を含んだ風が頬を撫で、煙と噎せ返る程の何かが焼けた匂いと生々しい血の臭いが鼻を付く。欠けた月は嘲笑っているのか、尊んでいるのか、弔しているのか。只残酷な今を明るく照らして見せている。まるでお前のせいだと責められているみたいだと、其等をただ映しているだけの目。火が跳ねる音と何かが崩れる音、静かな夜に響く其等すらも遠退いていく…。














『…っ』

目を見開けば、白い穹。天井を睨みながら今見た夢を思い出す。そーだった。私…此処に居ちゃ駄目だったんだ。
勢いよく起き上がると視線が歪み、さっきまで寝転がっていたにベッドに手をつく。軋む音がやけに大きく聞こえ、痛い頭に響く。どんな小さな物音も外に漏れてるような気がして余計に焦燥感を掻き立て、呼吸を細くさせる。静かに深呼吸して気持ちを落ち着かせベッドから下りて床に立つ。よし。昨日逃げそこなった、まだ薄暗い空が広がる窓から身を乗り出す。大丈夫。頭痛はするけど昨日ほど身体が怠い訳じゃない。魔力も戻った。イケる!

窓に両足を乗せて小さくなる。右脚に力を込めて思い切り窓の縁を蹴る。身体が空中に躍り出て抵抗なく堕ちる。臓器が迫り上がってくる様な気持ち悪い浮遊感を感じながら、頭の中で魔法式を組み自分の周りにいるルフに命令する。すると重力に従って直下していた身体が不自然に宙で止まる。

『うっしゃ成功流石私いえー』

自画自賛虚し…。悲痛な溜め息を吐いて頭を左右に振る。あ、やべ私今頭痛いんだった目廻る。何度か瞬きをした後、自分がいた城を見据える。白みだした東の空から漏れ出る陽射しが城や街を眩しく照らす。あぁ、月と違って攻撃的な強い光なのに何で優しいんだろう。目を細めて此の島や海を照らす光を見詰める。あ、早く行かないと。
最後にもう一瞥しようと宙に浮かんだまま上から見下ろすように大きな建物を見・・・・・・・・おーのー…。

「……」

やっべーよ。目バッチリ合っちまったよ。すいません逸らしてもらってもいいですか?てか逸らしてください。え、何?此の状況どーしろと?もしかしてどっちかが笑うまで?笑うまでは此の状態?じゃあ私が笑う。私が笑うから負けでいいから御願いします。ひきつった顔でにへらと笑う。

『やぁおはよう!ファナリスの兄さん』

駄目だよ。私頬ピクピクしてるよどーしよう!其に比べてピクリともしねぇよ兄さん。無視だよ無視。酷いなー。いや此の際無視でいいから逃がしてくれます?どうか逃がしてください。その臨戦態勢やめて!

屋根の上で寝てたんであろう昨日紹介されたファナリスの兄さん事マスルールとの意図しない望んでない再会。つか何で屋根で寝てんの。風引いちゃうぞー。宙に浮かんだままの私と、顔には出ていないが相当驚いていると思われるマスルール。暫く不動のにらめっこをしていると、我に帰った兄さんが脚に力を入れたのに気付いた。うむ、ファナリスからは逃げれる気がせんでもないが厄介に変わりはないし何より鬼ごっことか面倒臭いし、少しだけ眠ってもらうことにしよう。致し方無し。一瞬で近付いて目を見開いた彼の身体に一瞬触れる。

『すいませんねー』

次の瞬間倒れそうになったファナリスの兄さんを落ちないように支え、屋根に横たえる。仕方無いんだって此奴の部屋知らねーんだもの。いやーほんとに悪いね。面倒臭くて。さっさと此処から逃げたいし。
そして今度こそ城の人間が起きる前に目を盗んで脱け出す。衛兵にバレないようにね。城から出た後は、体力魔力共に使いすぎない様に途中で降りて街に向かったんだけども…。

『早朝だよな、今』

…元気だなー。城下は早起きな商人達が荷物を運んだり開店の準備をしてる。皆笑顔で挨拶しあっていて、見知らぬ私にも声を掛けてくれた。

お人好し。

頭の中に浮かんだ誉めてるとも嫌味とも取れる言葉。其はこの国の人、そしてあの物好きな変な王に当て嵌まる。本当、馬鹿みたいに。裏があるにしても、今時珍しいよなぁ。

『なぁ、港何処?』

果物を店前に並べていた人の良さそうなおじさんに訊ねる。此方を見たおじさんは一瞬驚いたような顔をして、でも直ぐに笑みを浮かべた。

「あっちだよ」

『そっか、ありがとう』

おじさんが指を指した方を見てお礼を言い、一刻も早く島を出ようと背中を向けて朝の雑踏に一歩踏み出そうとした。

「お嬢さん、観光かい?」

『ん?…あぁ、そんなとこ』

おじさんの声に身体を少し向けて適当に答える。何が嬉しいのかずっとにこにこと笑っているおじさんに無意識の内に私も表情に笑みを乗せた。

「良い国だろう?此処は」

城に視線を向けて、何を思い浮かべたか更に笑顔になった。私も何と無く城を見てあの王を思い出した。……良い国…ね。まぁ、確かにな。だから、早く出ていきたい。此処を、この国を朱に赤に緋に、黒に、染めたくない。何時の間にか此方を見ていたおじさんに笑顔を見せる。

『そーだな』

良い国だと思うよ。おじさんはきょとんとした後、声を盛大に上げて笑いだした。え、何事?吃驚していると、おじさんは商品の方に身体を向けた。あれ、会話終わり?いやいいけどさ。随分急だな。っと思ってたら、振り返ったおじさんはやっぱりにこにこと笑っている。

「お嬢さん別嬪だからな、此あげるよ」

『理由が果てしなく不純だけど…ま、貰えるものは貰っとく』

つか真っ直ぐすぎて逆に純粋に聞こえるのは何故だろう。不覚にもときめいてしまったではないか。そして素直にありがとうって言えない私は豆腐の角に頭ぶつけるべきだよねうん。おじさんの腕に乗っていた数個の林檎を受け取り、今度こそ背中を向ける。

「またおいで」

振り返ったら幸せそうに笑ったおじさんが手を振ってるんだろう。何と無く振り返らず、おじさんに背中越しに手だけ振る。え、キザ?知ってる←
センチメンタル言ったの誰だよ此の野郎。畜生林檎美味そうじゃんか。やっべ今腹鳴った。空腹に従って真っ赤な林檎を一口齧る。うん甘くて美味い。











『うへー…』

人が慌ただしく動いてる中、通り過ぎていく。船着き場は此処ですか。さてと、取り敢えず逃げたい衝動だけで此処まで来たけどこの後どーしよ。やっぱ勝手に乗るか?金ないもんな。犯罪〜?知りません聞こえませ〜んあー!わー!船に荷物を積んだり出したりと忙しそうに動き回っている船員に気付かれないようにじぃっと見詰めて思案に耽る。

『よし!』








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