暖かな気温


□誘拐ですよねわかります
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―いいか、我等は珍奇なる存在だ。

―特にお前は特殊なんだよ、夜尋。

―望月の夜は気を付けなさい。人には見られないよう。















『……ん?』

重い瞼を抉じ開け瞬時に視界から沢山の情報を取り込もうとする。見えたのは青空や木々ではなく、真っ白な穹だった。自分には薄いスーツが掛かっていて、下はふかふかなベッドだった。枕に髪を散らばらせて首を左右に動かし周りを見て、状況把握でき只一つわかったのは自分が居るのはどうやら見知らぬ大きな部屋ということ。

何処だよ。

口から漏らすことなく頭の中で呟く。広い部屋の離れてるせいで小さく感じる窓から見える景色は、雲ひとつない純粋で綺麗なブルー。上半身を起こそうと力を入れるが、身体は重くだるい。溜め息を吐いて諦め、せめてと頭をフル回転させて思考を遡ると昨日を思い出す。
まっずいなー。まさかつけられてたのに気付かなかったとか…。どうすっかなー。つか此処何処だよ。此完璧誘拐だよなー。……取り敢えず逃げよう。うん。一度起きることを諦めた重い身体に再び鞭を打って、ベッドからゆっくりと立ち上がる。一度深呼吸をして窓に向かう。うわ、高。街ちっさ。人が塵のようだー!ガチャ。

「………あ」

『……』

……ストーカー予備軍。あ、間違えたもう完璧に立派なストーカーだわ。立派なストーカーって何。全くもって誇れねぇ。窓の外に向けていた視線をドアの音がした方に向けると知り合いたくなかった顔と目が合ってどちらからともなくにこりと笑う。瞬時に窓に片足を乗せて力を込める。

「マスルール!」

「…了解」

宙に向かって跳ぼうと窓の縁に乗せた右脚に全体重を掛けて前傾姿勢で空を睨む。後ろで誰かの名前を呼ぶ声が聞こえたのと同時に、右脚に込めていた力を縁に向けると圧力の反動のように下に見える街の方へと身体が出た。
うっしゃ脱出成功!今の全部一瞬よ?一瞬!さっすが私。さて此の後どうしようか。何も考えてなかった。脱出したいって衝動が凄い証だね。一瞬の解放感の後直ぐに重力による逆らいようのない気持ち悪い浮遊感と息の詰まる圧迫感が襲い掛かってくる。

『え……、っと?』

んだけど…やってこない浮遊感と圧迫感。あれ、視界が変わらない。っていうかさっきから落ちてない。そして腕に感じる暖かい何かから加わる力。何てこったい。嫌な予感しかしないこの状況で原因を突き止めるのにはかなりの勇気が必要ですよねー。うん。ひっひっふー、ひっひっふー。よし大丈夫!な筈!ゆっくりと視線を上げて腕を掴むにモノを見る。………わーぉ…。

『……あ"ー』

ドウモ。掴まれてることによって窓に宙ぶらりん状態のまま挨拶する。何て間抜けなんだ。いや、此の状況何。何の図?吊るされた男?私女だけどな。てかえ、え〜…。街が遠くなる。軽々しく持ち上げられ、さっき脱出するために通った窓を入り口にして部屋の床に下ろされた。私を下ろして、ストーカーの後ろに戻った背の高い赤い髪の人。ストーカーはニヤニヤ笑ってるし、其の後ろにいる昨日も見た白い髪の奴は超睨んできてるし、さっきの赤い奴は無表情で何考えてるか全然わかんないし。私は今此の状況でどうすればいいんだぁあああっ!!!?

「三日間昏睡状態だったが、寝起きで其だけ動けたら大丈夫だろうな」

『はぁ…』




・・・・・・・・・・・はい?


え、今なんて。やっべ耳悪くなったみてーだわ。よく聞こえなかった。わんもあぷりぃず。いや、やっぱ待っ…

「三日間昏睡状態だっ…」

『ってくれないよね。ご親切にありがとうストーカー全然全くこれっぽっちも嬉しくないよマジで』

「ストーカー!?えっ、ストーカー!?」

ノォオオオ!!誰か嘘と言って!言え!言ってくださいませ!仰い!畜生私の耳が可笑しくなったんだと思いたかった!そして出来れば知りたくなかった!だから待てっつったのに。つか三日間も寝てたの!?めっちゃ爆睡してんじゃん私。何其ぱねぇな。ストーカーの話を聞かず頭を押さえて一人苦痛に悶える。

「…取り敢えず落ち着いてくれないか」

『…あ、はい』

……え、此の状況ほんと何。後ろの奴殺気迸ってんだけど。溢れかえってんだけど。満ち満ちてるんだけど。何故。他は相変わらずニヤニヤしてるし無表情だし。ふいに真ん中に立っていたストーカーが真剣味を帯びた顔になり、厳格な空気が部屋に流れた。要するに重苦しい。あーこーゆうの嫌いだわー嚔出そう。欠伸出そう。

「君は何だ?」

『……は?』

漠然としてんなぁ。いや、言いたいことはわかるよ?うん。何者だとか、昨晩、じゃねぇんだっけ?まぁ、あの夜のこととかについてだろ。理解してるからって答えるわけじゃねぇけど。答える必要性が見付からない。どうせ此奴等も他の奴等と一緒なんだからな。

『さぁ?』

嘲笑を浮かべてストーカー野郎を見遣れば彼は驚いたように目を開いた。後ろにいる血の臭いがする白い奴に視線を向けると、敵意丸出しで私と向き合った。挑発するように笑うと、細くしていた目を更に細め怒気を顕にし、殺気を垂れ流して何時でも飛び掛かれる体勢になった。飛び掛かってこないのは前にいるストーカー野郎が止めてるから。つまり、あまり思いたくないけど此奴が一番偉い奴だ。思いたくないけど。

「質問を変えよう。君の名前は?」

『答えると思う?』

「答えてもらわなければ困る」

どちらも譲らない一触即発の中、私は今の空気にはそぐわないへらへらした笑みを浮かべる。私とは対照的に厳しい深刻な顔をした私の前に立ち開かる三人。てめ、警戒強めてんじゃねーよひでぇな。なーんて。ま、何もしないとは言い切れない、っつか言わないけど。其処はお前等の行動次第ってことで。へらへらと、表情を緩ませたまま口を開く。

『軟禁されても監禁されても拷問されても脅されても凌辱されても殺されても、』



言わねーよ。言ってやんねぇ。



空気は固まり、部屋に重い沈黙が落ちた。誰も動かず、口を開かず、目の瞬きを忘れ、ただただ静かに時間が過ぎていく。私はニコニコ笑ってるけど。あ、

『でも殺されてやるつもりもねーよ?』

殺られる前に潰してやるよ。そーゆうと何故か大きな声で笑い始めたストーカー野郎。其を私は笑みから訝しげな表情に代えて見つめる。他の奴等は未だにポカンとしてるけど。ストーカー野郎を変な目で見てるけど。いや、その反応が正しいよね。だって今の笑う要素あった?私が可笑しいんじゃ無いんなら皆無なんですけど?え、私が可笑しいの?そうなの?…でも、何と無く、変に張り詰めていた弾けた気がした。

「面白いな!俺はシンドバッド!このシンドリアの王だ!」

窓の方に歩いていき、胸を張って自信満々に名乗る男。何勝手に自己紹介始めてんの。って、は?"この"シンドリア?此処シンドリアってこと?あの南海にある夢の都?何でシンドリアに居んの私。つか王?此奴が?このストーカーが?しかもあの…?うっそだぁ…。信じないよ私は。自分の目で確かめない限りは。

「ちょっ、シン!?」

……え、マジなの?その慌てようマジなの?え、嘘…うわ〜。人は見た目で判断しちゃいけませんな。いや待てよ。私見た目じゃなくて第一印象で判断したわ。出会い頭があれで超最悪だったからな。そんなことを思われてると知らない第一印象最悪な軽薄ストーカー……基シンドバッド王は私の反応を見て、自分に詰め寄ってきた奴の肩を笑いながら叩く。

「ジャーファル今のは認めたようなものだぞ」

「え、あ…」

しまったって顔で此方を見るジャーファルと呼ばれた男を気にすることなく、つか総無視して赤いでかい奴に近付く。いや無視しないとやってらんないって。

『さっきはあんがとな』

「……?」

『実は、跳んだはいーんだけど、あの後どーすっか決めてなかったんだよ』

要するに、体力も魔力も十分でない今、あのままだったら下に向かって真っ逆さまに落ちて地面と熱いベーゼを交わすことになってた。…ま、其で済めばいいけどさ、実際あの距離から落ちたら考えたくないけど言いたくないけど理解したくないけど言葉にし難い位グロテスクなことになってたろーな。反応薄いけど伝わったようだしいいや。

「お嬢さん。彼等は俺の従者でジャーファルとマスルールだ」

「…よろしくお願いします」

「……どうも」

『ふーん。兄さんあれだろ?ファナリス』

なんつーか、簡単に手の内晒すよね。余裕ってことかな?ナメられてるね。殺気こそなくなったがまだ疑ってるジャーファルの視線を流す。簡単に言うと存在をスルー。いや、まぁ正しいと思うよ?疑わしきは罰せずってのは無理だし。疑われる側は堪ったもんじゃねぇけど。
赤いマスルールと呼ばれた男に向き合って、種族の名を上げたら、無表情だった顔が驚きに染まった。王も血の奴も目を見開いた。そんな驚くことか?そりゃまぁ、珍しいんだろうけども。あ、私が特別なんだった。やっちゃった☆

「本当に君は一体…」






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