暖かな気温


□ヒトの強み
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『…なっ、


………え…!?』

嘘だろ。聞き慣れた声に思わず背筋を伸ばし、素早く振り向く。船員達も大将も旦那も皆が此方を見て笑っている。まさか。まさか…。現状が把握出来るであろう船の皆が居る縁に、ゆっくり、ゆっくり甲板の上を踏み締めるように歩く。縁に手を置いて、下に目を遣る。

「何、勝手に出てこうとしてんですか」

「…急すぎだ」

「そぉだよ!夜尋の馬鹿!」

「何も言わず出てく気かよ!」

「酷いじゃない!」

「父ちゃんに一言位言えよ!」

「全く…心配ばかり掛けて」

「…相談してくれればよかったのだが」

王、シンドバッドを先頭に八人将が勢揃いして、口々に悪態を吐きだした。なんか全体的に大分黒いんだが気のせいだよな。てか、

『…シン何で起きてんの?』

「ははは。夜尋の其の魔法、俺には効かないようだな」

確かにそうだったな。前も掛けた時、ぐらついた位だったし。あれは私の魔力が少ないんだと思ってたけど…違ったのか。シン達から視線を反らして舌打ちをする。後ろに気配がしたと思ったら、がしりと抱えられた。思わず奇声を上げ、驚いて見上げれば大将が嫌な笑みを浮かべている。ヤな予感しかしない冷や汗しか出ない。

「こんな距離じゃ挨拶も何も無いだろ。行ってこい」

投げ飛ばされて気付いた。ああ此は嵌められたんだなと。だって船員達皆ニヤニヤしてるもの。旦那は手振ってるし。出港しなかったのは下に居る此奴等待ってたのか。騙されたなぁ。魔法を使ってない今、当たり前だけど重力に逆らうなんて出来なくて、弧を描いて地面に向かって落ちていく。抵抗したって後々面倒臭いだけだし、どうせ誰かが下に此奴受け止めてくれるっしょ位の軽い気持ちで目を閉じる。案の定軽いとは言い難いが、地面に叩き付けられるよりよっぽどマシな衝撃が身体を襲った、と同時に暖かい何かに包まれる。あ〜目開けたくない。

「全く…」

其の声に恐る恐る目を開ければ、シンドバッドの呆れた顔が目の前にあって私を見ている。私を下ろせば腕を組んで真剣な目で私を見下ろす。

「まさか一言もなく出ていくとはな」

『あ…えっと…お世話になりました?』

そう言えば皆一斉に溜め息を吐いた。息超ぴったり。びくりと肩を震わすくらいには怖い。身体は正直ですねわかりやすい程恐怖抱いてます。

「そーじゃねーだろ!」

「そうだよ!もっと言うことあるじゃん!」

シャルとピスティの抗議に皆が頷く。え、え〜…?何でこんな責められてんの此。いやまぁ確かに私がわるいんでしょうが。ええ。其処は認めるよ?只なんか怒られてる所違くない?言葉重要視されすぎじゃない?視線を彷徨わせながらなんて言うべきか悩んでいると、ジャーファルが此れ見よがしに溜め息を再度吐いた。

「わからないんですか?」

『……はい』

怖ず怖ずと答えれば皆からはブーイング、溜め息も聞こえる。ジャーファルからは笑みを頂いた。詳しくは言うまい。只背中が凍ったとだけは言っておこう。後はご想像に。

「夜尋」

呼び掛けに振り返れば私の肩を掴んだシンがしゃがんだ。目線が下がり、私を見上げるシンと目が合う。

「お前の帰る場所は此処だ。夜尋の帰る場所は俺達がちゃんと守る」

『帰る、場所』

「夜尋は少しの間シンドリアを出るだけだ」

シンの言葉に目が熱くなり、視界がぼやけ目の前のシンの姿が歪む。顔を下げているから涙が下に落ちそうになり顔を上げれば頬を伝う。あーぁ…。近付いてきたジャーファルが指で拭ってくれるが、其の手の温もりに益々流れる。立ち上がったシンが笑って私の頭を押さえた。

「何時でも帰ってくればいい」

『うん…』

「困ったことがあったら…いえ、何もなくても定期的に連絡を寄越しなさいいいですね」

皆各々声を掛けてくれる。其の何れもが止めるものではなく、帰ってこいよってもの。嬉しくて申し訳無くなくて、幸せで。止まらない涙が更に流れる。私は此処に来た時、自分が弱くなると思ってた。心が、精神が。けど違う。寧ろ強くなったと思う。此処に絶対に帰ってくるって決めたからそう簡単には死ねない。死んでやらない。意地でも此処に帰ってくる。

「夜尋、いってらっしゃい」

いってらっしゃいはさよならとは違う。何時か絶対只今って言うから。涙を拭いて皆を見据える。皆は力強く背中を押すように笑ってくれている。私も其に応えて笑い返す。

『いってきます!』

後ろで出発の合図がなった。大分出港を遅らせてるもらってるし。大将が私を呼ぶ。船はのしりと動き始めた。私は浮遊魔法で身体を浮かして皆にもう一回笑い掛けて船に向かう。

「お帰り」

足を縁に着ければ、縁に体重を掛けて待っていた大将が声を掛けてくれた。其の儘縁に腰を下ろして返事をする。

「夜尋もそんな顔すんだな」

『んだよ。情けないってか?』

「いや。年相応でいいんじゃねーか?」

『…そっか。ありがとうな、大将』

「礼なら旦那に言え。王様は来るって信じて船出すのギリギリまで遅らせたんだからよ」

『…ありがとう』

背中を向けて手を振り、仕事に戻っていく大将。船はシンドリアを出て、大きな海を悠々と進む。もう振り返ってもさっきまで居た船着き場は見えない。でも、皆はまだ其処に居て此方を見てる気がして、微笑む。いってきますと再度心の中で呟き、進行方向を見る。深く息を吸って、舵に居る旦那の元に向かう。

『旦那、ありがとう』

「オレは何もしてねーよ。大将が少しの間出港ギリギリまで待ってくれないかって言ってきてな。オレも満更でもねぇし、船員達も是非にってんでなぁ」

笑って言う旦那に笑い返す。皆素直じゃない。あ、私もかも。
船は聞いたことの無い所に行くらしい。私の見聞が浅いだけだろうけど。何処に行こうか。そーいや、村を出て5年経ったのか。5年なぁ…。村に戻ってみようか。燃えた彼処はあの儘残ってるかな。今の私ならきっとあの大丈夫。ルフ達が嬉しそうに羽を羽撃かせたのを見て、先を真っ直ぐと見据える。受け入れたつもりだったけど、私は今まで過去を見ないようにと拒絶してたんだ。

『戻ろう、皆』

決意を口にして、覚悟を決める。誰でもない、私に言った言葉は耳を通り抜け胸に一層刻まれる。




『さて、仕事手伝おう。大分サボっちゃったな』

手伝いに行けば無用だと言われ、礼も兼ねて甲板の掃除を念入りにした。







続く。
(250611)

都合いいとか知らんです!
俺得万歳!
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