暖かな気温
□夜更けにさようなら
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「なぁ、夜尋。聞いていいか」
『…なん?』
「俺は狡いか?」
『…は?』
「俺は汚いか?」
急に振られた話しに頭をシンとは逆の方に倒す。話が突発的過ぎて意味わからん。狡い?汚い?シンが?
『そんなん今更じゃん』
「…っな」
『なんて言えばよかった?なんて言って欲しかった?まぁ其を聞いたところでお生憎様。私はシンが求めた答えでなんか応えてやんない』
シンは何とも言い難い表情で私を見ている。何時も強く光輝いている瞳は揺らぎ、不安定さを表している。目は口ほどに物を言う、ね。
『私は王様じゃないからわかんねーよ。でも聞くのは狡い』
王様なんて汚くてなんぼじゃん。普段よりも近い琥珀色の目を強く睨めばシンは目を伏せた。
『でもな、どんなに誰かがなんと言おうと、民のために自らが汚れることを厭わないシンは善だ』
人間的に悪でも、其に依って救われる奴が沢山居るのは確実。例え、何かを切り捨て何を利用して何を犠牲にしようが、何かが救えているならば。此の国の為ならば何であろうと、身を汚す事でさえも出来るシンを誰が悪と言う?
『どんなに汚かろうと、狡かろうとシンのそーゆうとこ皆知ってるから』
「夜尋…」
『此の国を護るためならなんでも利用する。例えば私の力』
「!」
『隠さなくていいよ。利用は悪いことじゃない。私は利用されてやるつもりはない。けど、一緒に頑張るなら手伝い位なら出来る』
「…だが」
『私はシンが好きだよ。世の中は利益、損得だけで繋がってるわけじゃない。ま、勿論一番わかりやすいのは其だけど。尊敬、崇拝、信頼、色恋』
シンなら包んでくれる。優しくて温かくて。皆もそんなシンの下だからこそ伸び伸びと温かいんだろう。皆シンに助けられた人ばかりなんだから。どんなに裏が有ろうとも、此の国がシンの汚いものの上に成り立っているのは確かなんだから。
『汚いとか狡いとか考えるだけ無駄。シンはシンだよ。其でも不安に成る時が有るなら仲間に頼ればいい』
「…ありがとう、夜尋」
視線が交わる。不安気な瞳は無く何時もの強い其が私を映す。手が延びてきて私の手を掴んでシンの顔に持っていかれる。指で丁寧に私の手を開けば口を近付けて掌に自らの口を押し当てた。擽ったくて手を引こうとしたけど掴まれた儘、私の指越しにシンの真剣な目が私を射抜く。
「俺は、其の言葉が欲しかったのかも知れないな」
『…シンが其を引き受けてるから皆が笑顔なんだよ。シンだから皆付いていくんだよ』
光だろうと闇だろうと。善だろうと悪だろうと。白だろうと黒だろうと。例え其が半分で中途半端でどっち付かずであろうと。そんなのは付属品に過ぎない。貪欲?当たり前。大体、自分が汚いと自覚してる奴程心が綺麗な奴はいない。自分が狡いと理解してる奴程心を痛めてる奴はいない。世の中には自らが行ってる事を悪だと気付いてない愚鈍な奴、悪じゃないと言い張る卑怯な奴が一杯居るんだし。
『大丈夫。汚くていい』
「夜尋…」
困った人に手を差し伸べるシンが、世界の為に国の為に戦うシンが、私を救ってくれたシンがシンだから。其が真実だから。シンのそーゆうの、私が受け止める。だからシンは其の儘進んでいけばいい。
シンが優しく頭を撫で、私の前髪を掻き分けて耳に掛けた。顔が近付き、耳元に口を寄せた。耳の少し下辺りに何かが当たり、今までよりも強く抱き締められた。
「…夜尋の髪はさらさらだな」
『シンのがさらさらだろ。綺麗な菖蒲色』
「夜尋は闇色だな。烏羽色か」
体勢は其の儘で、手だけが髪を透くように撫でるシン。私はシンの髪を掴んで手元に持ってくる。畜生男の癖になんでこんなにさらさらで艶やかなんだよ。
「夜尋?」
『何かムカつくから引っこ抜いてやる』
「なっ、ヤメ!?いたたた!」
『うわっ』
手から逃げようと後ろに下がれば、上半身は其の儘寝台に倒れた。勿論抱き竦められてた私も勢いが殺せずシンドバッドに突撃。鼻打った痛い涙が…。
『馬鹿シンー…』
「俺が悪いの!?先にやったのは夜尋だろ!?」
シンの上に座って鼻を押さえて睨めば焦って両手を左右に振った。其の反動で、シンの首に付いてる金属がじゃらりと音を発てて、寝台に流れる。
「っと…外すか」
『あれ?外すんだ』
「当たり前だ!首が絞まるだろう」
うん。そうだろうけど…!締まりない理由だなぁ。上半身を起こして、いそいそとターバンを始め、ネックレスや腕輪、指輪を外すシンドバッド。
「よし!酒でも飲もう!」
『はぁ?』
「取って置きの美味しいのがあるんだ!」
足取り軽く如何にもワクワクといった感じで、私を抱えて立ち上がって寝台横の台に置いてあった瓶を掴み再び腰掛けるシン。
「注いでくれるか?」
『うん?うん』
瓶を受け取って、猪口に注ぐ。やっぱり苦そうだなぁ…。シンが其を飲んでまた差し出して、満々に注ぐ。其を何度か繰り返せば、シンの顔が赤くなってきた。
「夜尋も飲むか?」
『苦いだろ』
「…いや?」
間。信じて欲しいなら間をどうにかしてくれ。どうも疑いしか出てこない。つか酔ってんだろ此奴。明らか酔ってるよな。
「まぁいいから飲め!」
『…はぁ』
話を聞かないシンに溜め息を付いて、差し出された猪口を受け取る。口を付け含めば、苦い。さっきのよりはマシだけど苦い。猪口をシンに突き返す。
『苦ぇじゃねーか!』
「誰も苦くないとは言ってないぞ!」
『うっせぇ馬鹿!』
酒瓶と猪口を挟んで睨み合いながら罪の擦り合いをする。でも可笑しくなってきて思わず吹き出せばシンも笑いだした。一通り笑い終えたら、シンはまた酒を進める。
『明日仕事無いの?』
「ある」
『は?じゃああんま飲むなよ。支障来すだろ』
其でも進みを止めないシンにイラッてする。聞く耳持たねぇってか。酒瓶を奪い取れば、シンは驚いた様に此方を見た。
「何するんだ夜尋」
『今日は酒はお終い』
「まだ飲む」
『飲ませねぇ。明日に備えてさっさと寝台に横になれ』
離れた台まで酒を飛ばして、シンの胸板を押す。酔っていて力の入らないシンは直ぐに倒れて私を見上げる。頬は酒で紅潮していて、目もとろんと瞼を重そうに辛うじて持ち上げてる状態。
『な?寝ろ』
立って、火を消して部屋を出る。って頭で考えていると、背中に腕が回って、締め付けられる。誰のかって考えるまでもないけど。急に身体が起こされて、驚いてシンの首にしがみつく。シンはいそいそと寝台に上がり、枕の元まで行ってシーツを被る。勿論抱えられた儘の私も一緒にin。胸板を押してもびくともしない。なんか前にもあったぞこんなの。
『ちょ、シン。私出てくから』
「駄目だ。何でも、だろ?」
う"。今の今まで一言も言ってこなかったから忘れたもんだと思ってた。畜生やっぱそんな好都合な流れにゃあならねぇか。
『…何?』
「一緒に寝よう」
腕の力が強まり、此以上無い程密着する。シンの匂いに酒の匂いが混ざって、其すらシンの香りに思えてくる。腰にある手が妙に弄り始めた事を除けば寝てもいいかな。腕を抓って、目を閉じる。閉じた瞼裏に、今までを移す。
もう、此処には居られないから。せめて最後に。
続く。
(250604)