暖かな気温
□夜への知らせ
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執務室に着いて、溌剌と椅子に座って書類に向き直ったシンにジャーファルが溜め息を吐く。
「何時も斯うならいいのに」
『うん…無理じゃないかな』
ジャーファルと顔を見合わせて肩を竦めれば苦笑で返された。確信して言えちゃう悲しさ。ジャーファルも諦めた顔をしてる。執務室にあるでかいソファーに腰掛ける。…座り心地超いい。ジャーファルは監視に徹するらしく、其の場に立った儘動かない。
『ジャーファル君座れば?』
「いえ…大丈夫ですよ」
『いいじゃん』
ソファーから腰を上げて手を伸ばし、ジャーファルの腕を掴んで思い切り引っ張って自分の座るソファーに倒す。急に体重が掛かったことでソファーが軋んだ音が執務室に響く。直ぐ様逃げられない様に腰に腕を巻いて、上半身をジャーファルの膝に乗せる。
「ちょ、夜尋!?何のつもりですか!?」
『隈。寝ろ』
睨めば、ジャーファルは目を見開いて自らの膝にある私の顔を見る。寝るって言うまで離れないって意も込めて回した腕の力を強め、腹部に顔を擦り付ける。
「ですが…」
『寝ろ』
「私は徹夜には慣れてますから大丈夫ですよ」
『言い訳』
大丈夫、大丈夫じゃないの話じゃない。暗殺者だったなら徹夜は普通だったかも知れないけど今は違う。いざという時に動けない、なんてもしもな可能性は消しとくに限る。そんな柔じゃないにしても、見破られてる時点で駄目。
『シンは大丈夫。終われば起こす。一寸でも大分違う』
「そうだな…。何時も頑張ってもらってるし。休憩しろジャーファル」
「………はぁ。わかりました」
長い逡巡の後、頷いたジャーファルに安心する。腕を緩めて見上げれば、優しい顔をしたジャーファル。
「此じゃ寝れませんよ、夜尋」
『……』
落ち着く体勢から、渋々と退く。まぁ、ジャーファルが寝るのが優先だもんな。うん。仕方無い。ジャーファルの肩を掴んで、自分の膝の上に落とす。
「わっ…」
頭に付いたクーフィーヤを悪戦苦闘ながらも外し、現れた銀の髪を撫でる。ジャーファルは私とは逆を向いた儘驚いた様に横目で私を確認した。
『此方のが寝やすいだろ?』
頭を撫でていれば強張ってた肩から力が抜け、頭の重さが脚に服を介して伝わる。瞬きの回数が増え、体温が段々上がり、其の内静かな静かな鼻息が聞こえ始めた。
「…寝たか?」
『うん。寝たね』
顔に掛かった髪を耳に掛けてまた髪を鋤くように撫でる。元暗殺者だったジャーファルが私みたいな奴の側であっさりと寝る程最近は寝てなかったんだろう。ジャーファルを見ていれば自分達に影が掛かり、見知ったら靴が視界の端に映った。見上げれば案の定仕事をしてる筈のシンドバッドで。隠すことなく、不満そうな、不機嫌そうな顔をしている。
「…ジャーファルだけ狡くないか?」
口から出たのは、不機嫌な色が濃い声で告げられた不満。不機嫌つか不満つか…拗ねてる?20代で、王様で、覇王な此奴が?思い直しもう一度見直してもやはり拗ねてる。
『シン…』
「俺が夜尋と居たくて連れてきたのに…」
『一緒には居るだろ?』
「居るだけだろ」
『夜はシンと一緒じゃんか』
「夜は、ってことは今は違うって認めるんだな?」
ああ言えば斯う言う!此奴拗ねたら果てしなく面倒臭い!つかいーじゃねーか何が不満なんだよ!
『長く一緒に居るために仕事早く終わらせるんだろ?』
「だが…」
『あ"ー煩ぇしつけぇ!じゃあどーすればいいんだよ?折角寝たジャーファル起こすか?』
ジャーファルが起きない様に、大声を出す。私器用。
「其は…」
『別にシンと一緒に居る時間が減るわけじゃねぇだろ?其よりこーやって話してる方が時間減るっつの』
「…………あぁ」
悄気返り、肩が下がる。とぼとぼと机に戻っていくシンドバッドを見て隠しもせず溜め息を吐く。
『後で同じことでも何でもしてやっから早く終わらせろ』
然う言えば息を飲む程の勢いで振り向いたシンドバッドに思わず怯む。な、何。目は輝いていて、口は妖しく弧を描いている。
「本当か?」
『あ…?』
「今の言葉は本当に本当か?」
『ぉ…おう…仕事早く終わらせれば、な…?』
「よし!早く終わらせよう!約束だぞ、夜尋!」
・・・・・取り消したい。激しく取り消したい。あまりにも愉しげで妖艶な笑みを浮かべたシンに前言撤回を叫びたくなった。んだけど、やる気出したし、とやかく言ってこなくなったしいいのか?てか今更無しなんて言えない程の早さで書類捌いてるシン。うん言えない。罪悪感も然うだけど、其以上になんか恐怖が勝ってる。
「終わったぞ!」
…はやっ!?嘘だろうと思ってたから思わず机二度見したよ!?かなり早いよ!?眠れる獅子を起こしちまいました。何時も其くらいすればいいのに…。此だけ本気だと此の後に不安しか芽生えないよ。身震いをして息を飲む。ジャーファルを起こすため肩を掴んで軽く揺らす。
「ん…」
『おはようジャーファル。シン、仕事終わったよ』
「えっ、すみません…すっかり寝てしまってたみたいですね」
『あぁ、そんな寝てないよ。シンがあっという間に終わらしたから』
ジャーファルは飛び起きて、机上の書類と笑って腰に手を当てているシンとを見比べている。事情を知ってる私は苦笑を溢して其を見ている。ジャーファルは書類を見て、抜けてるものが無いか調べ始めた。どんだけ疑ってんだって言いたいところだけど、今までに何かあったんだろうなぁ…。
「終わってます…ね」
「当たり前だろう!」
「普段から此だけやる気出してくれたらいいのに」
私も其は思ったよジャーファル君。
「ふぅ…今日は終わりです。お疲れ様でした」
「あぁ!ジャーファルも今日はもう休め!」
腕を掴まれて、笑顔のジャーファルを残して部屋を出る。多分向かってるのは食堂かなぁ?空を見れば既に青く蒼く染まっていて、月が猶一層其の存在を際立たせていた。
続く。
(250602)