暖かな気温


□ヒトの強み
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目を開ければ目の前に広がる服の開けた胸板。まだ身体に巻き付いた儘の腕。服の中に入ってる手と、何度か抓った後。閉じられた力強い琥珀色の目。規則的な寝息と胸の上下運動。暗い空と静かな部屋。



もう、終わりだ。



静かに、静かに息を吐く。緊張からか罪悪感からか荒くなりそうな息を調えてシンの胸板に触れる。起きないように、少し深い眠りについてもらおう。ルフに願えば、指先に集まり輝いた。此で、安心して動ける。其でも慎重にシンの腕から抜け出し、なるべく音を鳴らさないように寝台を下り、気付かれないよう気配を消して部屋を出、速やかに廊下を駆け抜け緑射塔にある自分の部屋へ向かう。
一番動きやすく武器を沢山隠しても目立たない服に着替えて、シンに貰った剣を腰紐に挿し、ナイフ等の軽い物を袖口にあるかくしに入れる。此の服本当に一杯入るんだよねぇ。ゆったりしてるから気付かれないし。大分重くなるけど仕方無い。身動きとれない訳じゃないし此位ならまだ余裕だし。

『此の部屋ともさよならかあ』

逃走時や、寝れない夜に何度もお世話になった窓の縁に立って閑散とした部屋を見渡す。荷物は軽く、身に仕舞える武器と路銀だけ。朧の物は置いていく。身軽に動ける方がいいし。まぁ、随分自分勝手な事してるよな。自分から離れていくのに何時でも帰ってこれる様に、皆が私を忘れない様になんて。皆ならきっと残しといてくれるって思っている自分の浅ましさに乾いた笑いを溢して、長く過ごした部屋に背中を向ける。

『じゃあね』

窓の縁から足を離す。漸く海の向こうから出てきた太陽に目を細め、シンドリアに来た時の事を思い出す。あの時も、こんな風に誰も起きてない、太陽が顔を出し始めた早朝に逃げたな。あの時同様、光に照らされる王宮を、あの時とは違い、感慨深く隅々迄見る。同じ事をしてるのに、気持ちが全然違う。溢れ出そうな感情をどうにか抑えて、瞼を閉じる。

『皆、ありがとう』

私の意思に反し、止め処なく溢れるどうしようもない感情に終止符を打つべく王宮に背を向け、目覚めだした町に向かう。船着き場への近道は店が沢山並んでいて、既に沢山の人が仕事に励んでいる。気付かれたりバレたりするから、あまり通りたくないけど、今回ばかりは急いでいる為仕方無いと首を左右に振る。何回かお忍びで来てるし、殆ど知り合いだしどうにかなる!…といいなぁ。誤魔化されてくれるかなぁ。

「おー、嬢ちゃんどうしたんだぁ?またお忍びか?」

「あら本当夜尋ちゃんじゃない!久しぶりね」

「今日はまた何したんだ。ジャーファル様にちょっかいでも掛けたか?梨食べるか?」

「何処行くんだ?夜尋」

皆が笑顔で話し掛けてくれ其に小さく曖昧に応える。確かに毎回ジャーファルとかにちょっかい掛けて逃げてくるけど…。皆の中の私のイメージそんなやんちゃか。苦笑いを溢す。皆は特に違和感を感じた様子はない。私だけで船に乗るのは逃げた時だけだったし。まぁ、でも…。気不味く感じる必要も無いだろうけど。気さくに絡んでくれる皆に後ろめたさを感じているのも事実で。

『一寸な』

「そうか。直ぐ帰ってこいよ」

「おねーちゃんいってらっしゃい!」

「檸檬持ってけ!王様に宜しくな!」

皆の言葉が胸に刺さる。騙してる現状に心が痛む。其の王様とは、さっき一方的にサヨナラしてきたんだけどな。本当に、なんて身勝手な思考してんだろうか。顔が笑みが崩れて悲しみに歪まない様に表情筋に力を入れる。皆察したのかどうなのかわからないが、其以上突っ込んでくることをしない。有難い。檸檬酸っぱいからあれだけど。此以上話していたら襤褸が出そうだから適当に話を切り上げる。

『いってきます』

背後からの声に肩越しに手を振る。帰ってくるか?わからない。帰ってきたくないのか?そんなわけない。帰ってきたいか?そんなの当たり前だよ。でも自己中で都合いいことは言えない言いたくない。未来なんて、先なんて夢物語に過ぎない。確定でないものを告げると、私が期待してしまうから。掛かる声に手を降って返しながら足早にバザールを歩く。









船着き場に辿り着けば、見た目を頼りに目的の船を探す。船を全て一瞥すれば見付けた。

『大将!』

「なっ、夜尋!?何で此処に?」

船を見上げてた大将に声を掛けて近寄れば、此方を見た大将は目を見開いて目の前に行った私の肩を掴んだ。ごめん其此方の台詞でもあんだけどつか痛い。近い。

「こんな朝早くにどうした?」

『其は私も大将に聞きたいんだけど…。あのさー。働くから船、乗せてくんない?』

半年と一寸前にも言った事を今此の場で繰り返す。今日はあの時と同じ事ばっかりだなあ。違うのは行動に伴う感情か。然う考えながら大将を見遣れば、目玉が飛び出しそうな位驚いてる。大袈裟過ぎないか?

『駄目?』

「…いや、駄目じゃねえしオレは寧ろ大歓迎だけどよ。いいのか?」

『何が』

問いながらも其以上言うなと睨む。大将は苦笑を溢して肩を竦める。そして目で問い掛けてくる。

『時間だからだよ』

「時間?」

『私は此以上此処に居たら此の国を傷付ける』

「はあ?」

目を伏せて答えれば、納得いかないと言わんばかりの返事が返ってくる。不平たらたらな言葉を適当に流して、取り敢えず船乗せて欲しいって言えば、丁度旦那がやって来た。

「お?夜尋じゃないか!どうした!」

『よぉ旦那。船乗せてくんね?前みたく働くから』

「そりゃいいけどよ。行き先前夜尋と行った所じゃねぇぞ?」

『別にいいよ。ありがとう』

集まりだした船員の中に私を知らない奴は居なく、皆が快く受け入れてくれた。一丁前に仕事を任せてもらい、船に乗せてもらうに見合う働きをする。太陽が欠け目なく昇りきった頃、出発の準備が整い、後は旦那の合図だけ。だが一向に合図が出ない。皆が何も言ってない所見ると別に普通なのか?ぼーっと海の先を見ていれば周りが少しざわつき始めた。何……



「夜尋っっっ!!!」









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