main -狗-
□彼の優しさ
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業務が終わり、一息ついたアキラは、大きな窓に手をかけ、窓の外をじっと見つめていた。
暗い中、青白い満月だけが静かに浮かぶ夜空を見ると、思い出す。
トシマに居た頃の事を―
どれくらい前の事かは、もう覚えていない。
ただ、こんなふうに静かな夜だった気がする。
でも、一つだけ忘れられない。
あの赤い、
人間に流れている血のような、
闇までも飲み込んでしまいそうな、
赤い、シキの目が。
******
雨の中、何もかもが壊れ、生きる気力を失っていた時、黒い影が足音を立ててこちらに近づいて来た。
「そんなに死にたいのか」
その男、シキにかけられた言葉が頭の中から消える事はない。
でも、その時、自分がどう答えたのか、その後に何があったのかは分からない。
隣に居たケイスケがどうなったのかも…
「アキラ…っ」
今でも、あいつの声が聞こえて来る。
そんな気がする。
…駄目だ。
考えただけで苦しい。
窓に映るもう一人の自分の姿を見て初めて気が付く。
その目には涙が溢れていた。
「どうした。昔の事でも思い出したか…?」
『総帥…っ、いつから…っ』
「来い。…慰めてやる」
そう言われ、シキの元へ足を踏み込むと、自分の体をシキの腕が優しく包み込んだ。
それはまるで、母が子を優しく抱き締め、慰めているようだった。
「辛いのなら、泣けばいい。」
何故、こんなにも優しいのだろう―。
そう思うと、涙が止まらない。
でも、止めようとはしない。
ただ、ずっとこの腕の中にいたい―。
心のどこかで、そう思った―。
END