Novels - 02

□偽り彼女は甘い罠
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「嫌なら、断ってくれてもかまわないよ」

 相変わらずコイツは顔がいいな。ムカつくほどに。だから女の子たちは東雲にいくんだよな。羨ましいとじっと凝視しているが、東雲は嫌な顔ひとつせずに笑いかけてきた。オレに笑いかけてもなにも出ないぞ。
 それよりも、どう返事をしたらいいか解らずにちらりと実紗を見れば、小さく頷いた。要は一緒に帰れということであろう。

「解った。一緒に帰ろうぜ。オレは適当に時間潰しとくからさ」
「本当に? よかった。ありがとう、祥太くん」

 ひぃ! 微笑みを向けるのはオレじゃないだろうが!
 戦くオレだが、腹の虫に耐え兼ねて、東雲の向かいに腰を下ろして焼き魚定食に箸をつける。
 「ごちそうさま。――じゃあ、僕は行くね」と去る東雲の後ろ姿を眺めるオレはただひとつ思う。
 ――その背をわけろ。
 適当に潰すと言ったが、食事が終われば実紗に家に帰されてしまった。大学まで歩いて通えなくはないという、微妙な距離である実家へと。なんで帰るんだと目で訴えれば、実紗は「ちょっとした作戦があるんだよねー」と口端を上げた。なるほど、そいうことか。
 作戦とはなんだと問いつめるオレに渡されたのは、実紗のお古の服とウィッグだ。なんだこれと目を瞬かせるオレに、あろうことか実紗は言う。

「女装して会えばお兄ちゃんだってバレないよ! ちょっとしなだれて悪態をついてきてね」

 ぐっと親指を立てる妹の考えがオレには解らない。さっぱりだ。
 「無理だ」「やって!」の応酬は実紗の泣きそうな顔で方がついた。なにもオレは、実紗を泣かそうとしているわけではないからな。

「笑うなよ」

 部屋に戻り、着替えてリビングへと戻れば、実紗の友人が来ていた。「すごく似合いますね」と言うその手には化粧道具があり、実紗と友人に化粧をされ、ウィッグも整わされる。手慣れてんな。

「さ、先輩」

 渡された手鏡に映るオレはもはやオレではない。化粧の魔力はすごいと感心するしかなかった。

「これで会えばいいんだな?」
「そうだよ。頑張ってね、お兄ちゃん」
「先輩すみません。私のせいで先輩を巻き込んでしまって……」
「いいよもう。そんな顔するなって。女の子を危ない目に遭わせたくないからな。まあ、東雲が女の子に手を上げるとは考えにくいけど、なにがあるか解らないし」
 
 東雲も男に代わりはないからな。逆上されればどうなるか、だ。
 頭を下げる友人の頭頂部をわしゃわしゃ撫でて、オレはトートバッグを手にイスから立ち上がった。――東雲に会いに。
 実紗に言われたのは、『小宮祥夏(こみやしょうか)』という名前だ。聞かれたらそれを名乗れということである。ちなみに祥夏は実紗の友人ということにしておいた。アイツ、短時間でここまで考えたのかよ。緻密すぎるだろ。
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