Novels - 02

□偽り彼女は甘い罠
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 買い物を終えてアパートに帰ってきた矢先、オレは玄関のドアに押しつけられた。「なにしやがる」と声を出そうにも、出ない。なぜなら、提げるそのエコバッグが肩からずり落ちそうなのも構わずに、荒々しく重なる唇に飲み込まれてしまったから。
 そんなには買ってないから重たくはないだろうが、玄関先――外でキスなんて思いもよらない。
 味わうように数分舌を絡ませてから、離された唇が弧を描いた。キスをされたことに動揺するより前に、熱を帯びたその瞳が怖くあり、動けなくなるのはしかたがないことだろう。こうなるのはオレだけではない――はずだ。

「ちゃんと見せつけてね。でないと――」
「わ、解ってるって」

 乱れた息で頷けば、目の前の『男』はふたたび唇を塞いだ。

「っ……!」

 蠢く舌に躯を竦め、どこから覗いているのか解らない『女』のことを考える。こんなことになったのはアンタのせいだと。
 くちゅくちゅ音が響くなか、腰を掴む手が引かれ、口づけが深くなった。それでもオレは、抵抗などできるわけがない。
 理由は簡単。――受け入れるというその選択しかないからである。


■□■□

 
 遡ること一週間ほど前に、妹から言われたのだ。『先輩をぎゃふんと言わせてくれない?』と。理由を聞けば、妹の友人がフラれたようである。――『あの男』に。
 違う学部であるが、ゼミは同じで顔も名前も知っている。しかしたとえ知らなくとも、容姿がいいために『東雲唯弦(しののめゆづる)』という名前自体は結構な頻度で聞いていた。実際にゼミにいない女の子――同じコマを過ごすだけの子からも『東雲』という名前は出てくる。
 不思議に思い、どうしてそんなに東雲の名前が出てくるのか聞いたことがあった。どうやら東雲は靡かないことで有名なようだ。だから自分に靡かせようと、女の子たちは頑張っているらしい。その努力は尊敬するが、靡かないのなら意味がないんじゃないかと思う。あれか。望み薄でもいつかは振り向いてくれるだろうというような、一途な女を演じているのだろうか。
 そもそもオレこと小宮山祥太(こみやましょうた)と東雲は友人であり、中学・高校と同級生でもある。中高のときはクラスが違うからオレたちにはまるで接点がないが、まさか大学まで同じだとは思わなかったよ。仲よくなったのだって大学に入ってからだし。
 その東雲と食堂で鉢合わせたのが、ぎゃふん発言のすぐあとだ。席を探しているところで、東雲は妹・実紗(みさ)の隣で唐揚げ定食を食べているのを見つけてしまった。
 「お兄ちゃん、こっちこっち」と手を招く実紗に近づくオレは、基本実紗に弱い。ときにパシりにもなるのは、上下関係は実紗の方が上だからだ。力関係はオレの方が上であるが、実紗の方が頭が回る。泣かせば両親に言いつけられ、怒られるのはオレの役目になっていた。だからか、いろんな意味で弱い。

「祥太くん、コマ終わり?」
「そうだけど……。東雲は?」
「僕はあとひとコマあるんだけど、よかったら一緒に帰らない?」
「は?」
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