ケータイ小説

空〜クウ〜

[T]記憶
8月のあの日。暑くてあたたかい黄色い光のなかで俺は二つの太陽をみた。汗がしょっぱくてあたたかくて。
でもあの日以来、俺がその太陽を見ることは出来なくなってしまったのだ。


[U]
「こんなんだとやってらんないよねー。」
高校からの帰り道、彼女の茉莉がシャツをパタパタさせながら言った。
茉莉は湊(ミナト)の家に行きたいと言い出した。
「絶対だめ。つーかついてくんな。お前ん家あっちだろ。もう帰れよ。」
「なんでぇ〜。あたし湊の彼女なのにぃ。」
茉莉はかわいい。凹凸のくっきりした体型は正に自分好みである。
しかし、湊は茉莉の手を振りほどく必要があった。健康男児である桂ヶ丘湊は、いかがわしい妄想をしてしまいそうであった。これ以上くっつくと歯止めが効かなくなる虞があったのだ。
しかも…。


茉莉はあきらめて帰っていった。
湊は駅の3番ホームにいた。すると、今までに感じたことのない違和感を感じた。
なぜだろうか。
真夏の屋外のホームは身体中の細胞が焼けそうなくらいであった。
その時、一人のスーツの青年が線路へ崩れ落ちたのだ。
「危ない!!」
「人が落ちたぞー!!」無意識に足が動いていた。
「まもなく電車がまいります。危ないですから黄色い線までおさがりください。」
いつものアナウンスは湊の耳には入ってこなかった。
湊は線路に向かって飛び込んで行った。
「グアアアアアアア…!!!」
電車は200m…150m…100m…とどんどん近づいてくる。
「やめろー!死ぬぞー!」
「キャーーー!!」
湊にはその青年しか見えていなかった。近づいてくる電車すらも。
電車はもうそこまで来ていた。空間を裂くようなブレーキ音を鳴らしながらみるみる迫ってくる。
もう間に合わない。
と誰もが思ったその時、湊は信じられないような力を感じた。
湊はその時、もう一人の自分を見たのだった。


[V]
「ねぇ、昨日の患者さん。まだ目を覚まさないの?」
「患者さん?どの人よ。」
「ほらぁ、電車に飛び込んだっていう高校生よ。」
「ああ。まだ眠ったままよ。保護者はよんだんだけど、なんか変わった人だったわよ。」
「どういうこと?」
「もう一人いたじゃない?運ばれた子が。」
「うん。」
「別室にしてくれって。」
「……なんで?」
「知らないわよ。その子の顔をみるなり…。なんか複雑なのかもね。」
「複雑って…。家庭が?」
「この桂ヶ丘湊君って、施設育ちみたいだし。」
「…。」
「でも変よね。」
「うん。だってどう見たってあれ…。」
「あ!802号室のナースコールなってるわ!」
「はいはい。今行きまーす。」

真夏の白い部屋のなかで二輪のかわいいひまわりが太陽をいっぱいに浴びて下を向いていた。水が足りないのだ。

[W]
あ……病院…。
湊はうっすらと真白の天井を見上げてベッドで寝ていた。
「父さん。」
横で腰かけていた中年男性がはっとして湊の手をとった。
「湊。湊、気が付いたか。どこか痛いところはないか。飯はたべれるか。」
全身が痛い。特に右肩と左足が痛い。
「俺…、痛くない。別に。」
うそをついた。
「そうか。」
男は湊の胸あたりをじっと見ていた。
「姉さんは?あいつらはどうしたんだ。」
「大丈夫だ。みんな家に置いてきた。今頃ビービー泣いてるさ。」
「は…。そうか。」
湊はしばし沈黙した。
「そういや…俺は何で助かったんだ。」
「なんだ。覚えてないのか。」
「…ああ。」
「お前が助けたそうじゃないか。」
「助けた?俺が?そうか…あの人助かったのか。その人、今どこだよ。この病院にいるんだろ?」
湊に父さんと呼ばれた男は少し目を泳がせた。
「あの子は…、帰ったよ。お前のおかげで軽症だったんだ。」
「…………ふぅん。」
父さんは嘘をついたと思った。なぜ、俺に嘘をついたのかさっぱり分からなかった。
「湊。」
「ん?」
「こんな時にとは思うんだが、お前の進路のことなんだが。」
「進路?それなら前に話したろ。俺は就職するんだよ。」
「はぁ…。」
父さんは頭を抱え込みさらにまたため息をついた。
「お前は、わざとテストで手を抜いているらしいな。」
湊の目の瞳孔がぱっと開いた。
「わざと手を抜くな。お前は頭がいいんだから進学して資格の1つや2つ取ってから就職したほうがいいんじゃないか?」
「………勉強なんてたりぃんだよ。めんどくせぇ。」
「お前は普通の子とは違う。特別なんだ。天才なんだよ。」
「違う!!!」
湊は肩をふるわせた。「俺は…、普通以下だよ。」

父さんは黙って帰っていった。

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