この狭い世界の片隅で。

□03ーお仕事。
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“仕事、だよ”

そう言った時の、キミの笑顔ときたら。





‐03ーお仕事。‐





彼は再びオンボロミニを転がした。
私はというと、助手席でうつらうつら。

今日はなんだか退屈しない。
珍しい、日常の打破に体は着いていけないようだ。


夢心地で、煩いエンジンの重低音と、焼きたてのパンの匂い。


意味もなく、懐かしく思った。



次第にクラクションやらの雑音が弱くなる。
パンの匂いも遠くなり、代わりに鼻孔を擽ったのは――…


「ほら、着いたゾ」

「!」

ぎゅむ、突如鼻を摘まれる。

「なぁにすんの!?」

息の出来ない焦りと怒りでそう叫んだつもりだったが、きっと上手く発音出来ていなかったのだろう。

どう可笑しく聞こえたかは知らないが、飛び起きれば、その男は腹を抱えて大笑いしていた。


(全く、腹立たしいヤツ!)


完璧に、遊ばれている。


転がり回るヤツを車内に残したまま、ひとり先に降り、ドアを荒く閉めた。

中で、おい、オレ様のミニ一号をもっと敬え!とか言ってるけど気にしない。


そこは見渡す限り、廃れた…否、寂れた小工場街のような所のようで。

どの建物も住宅程の背丈で、がっしりとした外見、だがしかし薄汚れた感じがする。

「油の、匂い」

そう、鼻をつんざく油の匂い。

むせかえるようなそれと、何とも重くぬるい、どろんとした空気が、一体をとりまとっていた。


一件一件では、そこに建っていられないんだ。

だから、こうやって、寄り添い、密集して、集まって存在してるんだ。

雑然と、そう感じる。



亜希はバリバリの都会っ子で、このような所は初めてだった。

どこか、この気持ちはお化け屋敷に入る時に似ている。


「よし、行くか」

バタン、運転席が開いて閉じる。


私はヨレヨレTシャツの、変なバックプリントの後を追っていった。




 
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