短編

□EVERYBODY HAS THE DEVIL ON INSIDEG
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「もし、もし元気があったら笹雲さんを家まで送っていきなよ。女の子を家まで送っていくのが男の務めだよ。」
という言葉を別れ際に山田くんからもらった。
それは当たり前のことだろうか。礼儀なのだろうか。
だとしたら失礼なことはしたくないな。顔は痛いけど、歩くのに支障は無い。
「笹雲さん、家まで送るよ。」
「……私が霧生くんを家まで送っているのよ。」
「うん、もう大丈夫だから僕が送るよ。」
「……何で?」
「いや、えっと、常識だから?」
「山田くんに何か言われたのね。」
「いや……。」
そうだけどさ。
ここは以前、ライブの帰りに別れた十字路。笹雲さんは左に曲がっていって、僕は直進した。
笹雲さんの家がここからどれくらい離れているか知らないけど、そんなに遠くはないだろう。それに僕の家はわりと近い。
「山田くんに何を言われたか知らないけど、怪我してる人を家まで送るのが常識だよ。」
「いや、歩くのに支障ないから大丈夫。」
「そういう問題じゃないわ。怪我が治ったのならまだしも。」
「治った。」
「触って良い?」
「う…駄目です。」
「霧生くん、変なところで意地を張るのね。」
「むぅ。」
確かに、僕にしてはかなり粘っている。なんでだろうか。
「僕は本当に大丈夫だから、家まで送るよ。」
「駄目。私が霧生くんを送る。山田くんにも頼まれたしね。」
まぁ、良いか。このまま別れて一人で帰るのが一番楽なんだけど、それを言うのは良くないだろう。笹雲さんがそう言うのなら、そうしてもらおう。心配してくれているのは、喜ぶべきところだろう。
「じゃあ、お願いします。」
「はい、お願いします。」
笑顔で返事をする彼女。そこに感情はあるのだろうか。いつもの表情。いつもの笑顔。
いつも同じ表情というのは、無表情と変わらないのではないか。
しかし、笹雲さんには違う表情がある。あの温度を感じさせない美しい表情以外にも、笑顔の中に微妙な変化がたまにある。
僕は、その変化を見たくて表情を伺っているのかもしれない。けれど、それに何の意味があると言うのだろうか。
「霧生くん家は真っ直ぐ進めば良いんだっけ?」
「あ、うん。」
「じゃ、行こっか。」
「はい。」
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