栄光
□好きだ好きだ只君が
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「手塚ってすごいっすね」
中学時代から変わらない円谷の背中が俺っちの前にある。今日は抜き打ちテストがあったせいで気分は落ち込み気味だったけどその一言のせいで一気に舞い上がった。
ちょっと長めの髪が太陽の光を浴びて明るく見える。俺っちはそれが見た目よりかたいことを知っていた。
「もうチームに馴染んでるっす。先輩達に混じるのは俺はまだ無理かな。あ、いや、技術とかの話じゃなくてやっぱ信頼できる人じゃないとだめで」
「慣れたもん勝ちだと思うよ。矢部先輩は持ち上げれば結構面倒みてくれるし、悪い人じゃない」
「矢部先輩かー……」
円谷の目が遠くを見て溜息を吐く。意外に繊細なんだな、なんて言ったらこいつは怒るかな。俺っちは別に先輩を慕っているわけでも信頼しているわけでもなく合わせるのがお前より上手くできるだけなんだと言ったとしても「すごい」とか言われそうで思わず笑いが唇から漏れてしまった。
「なんすか。その笑い」
「悪い、つい」
「早く慣れたいっす。手塚ほどスムーズじゃなくても他の一年と同じくらいにはなあ」
「お前はまじめ過ぎるんだよ。緩く行こうぜ。もうちょっと……こう、コウカツにさあ。な、盗塁王」
「盗塁は緩くちゃできないっすよ」
ああもう、お前って面白い。どこまでもまっすぐで俺っちの言葉の意味の裏側なんて眼中になくて。
「先輩が嫌なら俺っちとずっと練習すればいいんじゃない。円谷なら大歓迎さ」
「手塚は投手じゃないっすか」
「二人でカーブの特訓しようぜ」
はああとまた深い溜息をついて円谷はグラウンドを見る。呆れたんだろう、こっちにはもう目もくれない。
「緩い変化球そのものっすね。手塚は。俺はたぶん」
「ストレートじゃないの。変に考えないで走ればいい。俺っちはそういう球も好きだぜ」
ありがと。
そう言った円谷はやっぱりこっちを見てもいなかったけれどそういう所も嫌いじゃないんだ。
「ほら、今日からまた頑張ろうな」
冗談ぽく小さい子にするように髪を撫でてやると、小さくわかったと返事が返ってくる。中学時代からこんな感じ。滅多にない円谷が俺っちに甘える瞬間。
真面目なお前とお茶目な俺っちじゃ重なる部分は少ないけれど、お互いできないことがあるから一緒にいられるんだと考えたりするとそれもいいじゃんって思う。お茶目万歳。
「手塚はやっぱりすごいっすよ」
「だろ」
馬鹿、と言われても笑っていられる。そんな関係。
2009.0529