貰い物とその他

□不審者、晴れのち晴れ
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今日の天気、晴れ。

馬鹿馬鹿しい程、晴れ。


*


「…委員長、最近嫌な事を聞いたんですが」

「………?」

草壁の言葉に、雲雀はふと眉根を寄せた。
夏の応接室は蒸し暑い。 事実、今でも扇風機が無ければ正直居たくもない空間と化しているだろう。
そよそよと申し訳無い程度に送られる風を全神経に集中させながら、雲雀は書類を机に置いた。
というのも、草壁の言葉に少し引っかかりを覚えたからだ。

「…言ってみなよ」

「はい。 校舎周りを見回りしている奴から聞いた事で」

「校舎周り?」

「少し前から不審者の報告が入っていましたので、委員長本人が了承を取った人員…のはずですが…」

「…ああ、そう」

どうやら雲雀自身、相当暑さに参っているらしい。
らしくもない度忘れをした雲雀に草壁は少し心配そうに目の色を変えるが、今は報告が最優先だと考えたのか言葉を頭の中で巡らせる。
カーテンを閉めていない分、直に直射日光が応接室になだれ込んでいた。
本当は閉めればいいのだが、それでは応接室が真の蒸し風呂になってしまうのだ。

「で、何」

「ああ、はい。 そいつの話によると、この応接室付近で変な人影を見たと」

「…人影」

「応接室の中ではなく、窓に居たとの報告がありますね」

「窓、?」

不可解そうに雲雀が無表情から僅かに変える。
瞬間的に想像したのは窓にへばりつく蜘蛛男さながらの姿だが、さすがに現実的に居ないだろう。むしろ考えたくもない。
無意識に机に置いた書類に視線を落とす。
夏さながらの日の光が、雲雀の顔の姿がそのまま机にうつっていた。
数秒考えた雲雀が、草壁に言う。

「…その時は咬み殺すだけだよ」

「分かりました、委員長」

草壁がそれを黙秘すると捉え、頭を下げた。
この件はとりあえず動き無し。 つまり、わざわざ人員割くよりかは雲雀本人が咬み殺した方がいいのだろう。
これで全て用件が終わった草壁は、頭を上げると共に巡回の仕事をすべく応接室を立ち去る。
雲雀1人となった応接室には、天井に空しく回る扇風機の音だけが響いた。

「………不審者、…窓……」

関連性がある報告なのかもしれない。どちらにせよ、こんな報告を持ってくるほどに風紀が乱れているということだ。
じりじりと学ランが焦げるように、暑さを帯びる。
学校がうるさくなる前に咬み殺してしまう機会を作ろうと、雲雀は少し顔を上げた。

「ところでキョウヤ、パイナップルは好きですか?」

―…がったーんっ!
あまりの唐突の言葉に雲雀のイスが回り、あっという間に体が床に転がった。
そういえば床掃除していないから学ランが汚れる、と意味分からないことを頭で考えながら、声が聞こえた方向に首を巡らせる。
瞬時にトンファーを出したはいいものの、床に転がっている今の時点では姿が見えない。
と、視線を上にあてた時に不意に違和感を感じた。

「クフフ、それは僕を誘っているのですねええ分かりますよ…?」

天井に、…かさこそ這い回る何か。
思わず喉まで出掛かった変な声を飲み込んだ。何かホラーを見たかのような気分になってしまったようだ。
きらーんと眼を光らせたそれは、不気味に笑みを浮かべる。
瞬間的に危機感を覚えた直後、その笑みが素晴らしい勢いで落ちてきた。

「さぁッいざ僕のオモチャになぁぁぁあああ――!!」

「ッぅっ…ッ」

自分の口元が引きつったのを感じながら、雲雀は無表情をかなぐり捨てて全力で床を転がった。
盛大な音を立てて落下してきたそれは、まだ体温が残る学ランを抱きしめながら舌打ちする。
まさか、そのままそこに居たら…。 久方ぶりにぞわりと鳥肌が立った。
自分の表情が分からないまま膝立ちになってトンファーを構えると、そいつは右目を光らせつつ笑う。

「クフフ、まさか君が避けるなんてね…。おかげで突き指してしまいましたよ」

赤い光を禍々しく光らせているのは、隣町に居るはずの六道骸である。
さりげなく右手の人差し指を押さえながら笑っているその姿は、見るに耐えないほど気持ち悪い。
避けないわけにはいかなかったのだが、逃げたと同然に捉えられていると考えたのか雲雀はわずかに不機嫌そうな表情に戻った。
教室に注ぎ込む日の光は、変わらずトンファーに鉄の輝きを与えている。

「さぁ、僕の胸に飛び込んできて下さい」

「……咬み殺す」

「おや、何か僕は君の気に触る事をし……って本当に危ないじゃないですか!」

数秒固まっていた雲雀が我に返り、骸の顔すれすれにトンファーを当てる。
風を切る音が応接室に響く。 無論、生徒はおろか草壁にも聞こえる可能性はゼロだ。
そのお陰で咬み殺す事に集中できると一気に思考をクリアにした雲雀は、次々と乱撃を続けた。
だが骸は異常な避け方でかわし続け、っていうかむしろぺらぺら喋りながら移動している。

「何故君と契約が未だに出来ていないのか、全くこの能力ももう少し持力性があればいいものの…」

「――――」

「それはそうと雲雀恭弥! 僕の視線に気づかないとは何て馬鹿な事を!」

あんな色々キケンな意味の視線に気付いていなかったことに、雲雀は内心気持ちが下がった。
この頃変な気配がするはずだ。 こんな奴がじろじろと凝視していたのだから。
キャィンッと槍とトンファーがかち合う音がした刹那、ふと骸は眉根を寄せる。
隙ありと言わんばかりに雲雀が繰り出した一撃――を、スルーしながら叫んだ。

「ぼ、僕としたことがッ!!!」

「…ッ?」

不意を突かれたせいか、腕を掴まれた事に嫌悪感を抱くだけで攻撃しなくてはという思考には辿りつけなかった。
急に距離が縮まった事により間近に迫った骸の顔に、再び口元が引きつった。
ひとつのトンファーが床に落ち、左手が宙に止まる。
奇妙なバランスで成り立った骸と雲雀の図が数秒硬直したと思った時、ぽそりと骸が呟いた。

「………君の学ランの温もりを真空パックにするのを忘れていました」

「死になよ」

ごすぅっ。 肘打ちが骸の頭に突き刺さった。


*


今日の天気、晴れ。

うっとおしい程に、晴れ。


「いや待っ…!!僕は変態なんじゃないッ、変人なんですッ!!」

「ねぇ咬み殺すより硫酸の方が好きそうだね」



明日の天気、晴れ。


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