秋色の空(恋愛編)

□残波(ざんぱ)
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一日目の日程を終えた夏美達は宿泊先のホテルに入った。
ツインの部屋にベッドを追加して4人部屋にしてある為
やや狭く感じるがまずまずのホテルである。

一般客に迷惑がかかると言う理由でこのホテルにある大浴場は
部屋ごとに交代で入浴する事になっており
入浴を終えた夏美達は小雪を残して部屋に戻ってきたところである。
小雪は「周辺を探索してきます」とか言って先程出ていった。

「さっきの大浴場、小雪ちゃん凄かったね」
「いつも夏美べったりだけどあれほどとはね…」
「学校の外でもああなの?夏美」
いつも二人を見ているさつきややよいでさえ驚きを隠せなかったようだ。
大浴場で小雪はずっと夏美に張り付いていた。
張り付いているのはいつもの事だが
背中を流すと言って遠慮する夏美を無視して体中を洗い流した
もちろん抱きついたり体中触りながら…

「周りの人達引いてたよね…」
「あたしもあっちの方面の人かと思っちゃった…」
思い出しながら話しているさつきとやよいの顔は真っ赤だ。
「そんな事…ないんだけどね」
夏美も顔じゅう真っ赤にしながら否定したが確かに小雪の接し方は
夏美にとって嬉しいけどそれ以上に恥ずかしいものだ…それに
「普段でもあんな感じなんでしょ?彼、『ギロロさん』怒らない?」
やよいが尋ねると夏美はもじもじしながら
「うん、ちょっとね…」
と恥ずかしそうに答えた。
それを見たさつきとやよいは微笑んだ。


部屋でくつろいでいた夏美達の所にクラスメイトがやってきた。
「ねえ、男の子達の部屋に遊びに行かない?」
クラスメイトの一人が夏美達を誘ったが
夏美は部屋でゆっくりしたいからと言って断った。
「夏美が来ると思って期待している男子がたくさんいるのに残念ね」

高校に入ってからの夏美は小学校の頃の
『デビルサマー』のイメージも薄れ男子からの人気も高まっている。
ケロロが来た中学の頃よりも乱暴さが無くなり
女らしさが増してきているようである。
もっともそれはギロロと付き合っているせいでもあるのだが

「だって、ねえ〜」
さつきとやよいが口をそろえると
「そう言えば彼氏いるんだよね、どんな人?」
「あ、あたしもそれ聞きたい!」
「問い詰めちゃおうか?」
「こっちの方が面白そうかも」
部屋に訪れていたクラスメイト達はおろおろしている夏美をよそに
ベッドやイスに座り始めてしまった。

「で、どんな人?」
「名前は?」
「歳は?」
「どこで出会ったの?」
「どこまでいってるの?」
身を乗り出して一斉に夏美に尋ね始めた。
「あ、ああ、あの…その…」
うろたえている夏美の周りをクラスメイト達が取り囲む。
夏美は耳まで真っ赤にしている。
「夏美可愛い〜」
「で、どうなの?」
クラスメイト達は面白がってさらに詰め寄っていった。

「何してるんですか?」
後ろから声がして皆が振り返ると小雪が立っていた。
「小雪ちゃん」
夏美は小雪の出現に一瞬助かったと思ったのだが
「今、夏美に彼氏の事聞いてるのよ」
この友人の一言に小雪の口から
「…ギロロさんの事ですか?」
具体的な名前が出て皆がさらにヒートアップするのを見るとがっくりと肩を落とした。

「こゆきちゃあん…」
夏美の恥ずかしそうな声に
「えっ?何か私、悪い事言いましたか?」
悪びれた様子もなく小雪は笑っている。
「そう言えばあたし達も名前以外は詳しく聞いていないわね」
さつきとやよいまで身を乗り出してきたので
夏美は観念したように大きく溜息をついた。


ホテルの一室は夏美に対する記者会見場へと変貌した。
「へえ、ギロロさんって言うんだ、外国の人なのね」
「年齢は?」
「あ、あの…」
まさか数千年も生きてるなんて言えない
「…大人よ…」
適当な事を言ってごまかした、嘘ではない。
「雰囲気的には一回りくらい違って見えるわよ」
地球人スーツ姿を見たことのあるさつきがフォローした。
「え〜、以外!おじさんなのね」
「いいじゃない、甘えさせてくれるんでしょ?」
周りで友人達が好き勝手な事を言っている。
その言葉一つ一つに夏美はさらに顔を赤らめていく。
その様子を見て友人たちは楽しんでいるようだ。
「何やっている人?」
「えっ…」
ギロロの職業を聞かれて夏美の表情が少し硬くなった。
『まさか地球を侵略に来た侵略宇宙人だなんて言えるわけないじゃないの…』

返事に困っている夏美の横で小雪が話し始めた。
「すっごく強い軍人さんなんですよ」
「こ、小雪ちゃん!」
夏美は慌てて小雪を止めた。
「軍人さんなんだ…」
「軍人って戦争する人だよね…」
周りの雰囲気が少し重くなっていった。
普段ならばそれほど気にもしないのだろうが修学旅行先がここ沖縄
見学コースには南部の戦争の慰霊と悲劇を語り伝えるための施設も含まれている。
夏美達の一日目のコースにも当然のように設定されていた。
今、戦争の悲劇は彼女たちにとって新鮮な情報として記憶にとどまっている。

僅かな沈黙ののち
「まあ、別に夏美の彼の国と戦争している訳じゃないし」
「そ、そうだよね」
クラスメイトの一人が笑って話す事で部屋の雰囲気は戻っていった。

部屋の雰囲気が元に戻っていくと再び話題はギロロの事に向けられていった。
「で、どこまでいってるの?」
「えっ、どこって?」
「何言ってるのよ、あっちよ、あっち」
話が核心に触れ始めると再び皆で身を乗り出して夏美に迫った。
「あ、あ、あの…その…え〜と…」
夏美が返事に困っていると
「こら、お前達いいかげんにして部屋に戻れ!」
ドアの外から教師の声が聞こえた。
「またじっくり聞かせてね」
クラスメイト達は自分達の部屋に戻っていった。
夏美はほっと胸をなでおろした。


夜も更けて既にさつきとやよいは夢の中だ。
夏美は目が覚めてしまい、そっとベランダに出た。
「あいつ、もう家に戻ったわよね…」
ギロロの事が話題になったせいでギロロの事を思い出してしまったのである。
それだけではない
先程は話が途中で終わったがギロロは軍人、それも自分達地球人を敵性種族とみなし
地球侵略をしようとする侵略者なのである。
まさに『彼の国と戦争をしている』状態なのである。
ギロロとのお付き合いを続けていく中で夏美が忘れていた事…
いや、あえて考えないようにしていた事を
先程の友人の一言や今日の見学コースは思い出させてしまったのだ。

「あいつとあたしは敵どうし…いつかはきっと…」
「どうして敵どうしなんだろう…」
夏美の頬には涙が流れていた。
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