冬色の宇宙(短編集)その4

□天使の誘惑・悪魔の苦悩 後編
2ページ/2ページ


「ねえ彼女、一人?」
二人が波打ち際で楽しそうに遊んでいた時、突然後ろから夏美に声がかかった。
「なによあんた達」
夏美が振り返ると軽そうな男達が3人で夏美を取り囲んだ。
「可愛い子が海に来て一人じゃつまんないでしょ?俺達と遊ばない?」
どうやら夏美が一人でいるものと思いナンパに来たらしい。
「おあいにくさま、一人じゃないわ」
「へえ、どこにも連れの姿が見えないけど?」
男達はあたりを見渡しながら笑っている。
『そっか、ギロロは今ケロン人の姿だからアンチバリアしてるんだっけ』
ギロロは今、地球人スーツを脱ぎケロン人の姿でいる。
ケロン人の姿でいる時はアンチバリアで周りの人間に見えないようにしているのだ、男達に見えないのも当然である。

「いいじゃん、俺達と遊ぼうぜ」
いい気になった男達の一人が夏美の腕を掴んだ。
夏美も僅かに隙が出来ていたようだ、腕時計のバリアも今は無い。
「ちょ、ちょっと離しなさいよ」
「本当は連れなんていないんだろ?あっち行って遊ぼうぜ」
夏美は掴まれた手を振り解こうとしたが男はしっかりと夏美の腕を掴んでいる。

「もうしつこいわねえ!いいかげんにしないと……」
怒り心頭に発した夏美が男に蹴りを入れようとしたその時、夏美の腕を掴む男の腕を掴む手と頼もしい声が聞こえた。
「スマンが手を放してくれないか?」
「ギロロ!」
そこには丸くて赤い……そして目つきの悪い男が立っていた。
ギロロは何時の間にかレジャーシートに戻ると地球人スーツを装着してきたらしい。
「なんだよ、保護者付か」
「おっさんおかしなマスク着けてんじゃねえよ!」
「おい、行こーぜ」
おかしなマスクと吊り上がった目、そしてがっしりとした体つきのギロロを見た男達は捨て台詞を吐きながらその場を去っていった。


「地球人スーツを取に行って来たので遅くなってしまった、待たせてすまなかった」
目を丸くしている夏美に恥ずかしげに頭を掻くとギロロは守るのが少し遅れた事を素直に詫びた。
「そのままいつもみたいに鉄砲撃つのかと思った」
「以前迷惑かけたからな、それとも手助けは無用だったか?」
以前は平気で銃をブッ飛ばしていたギロロだがその事で夏美に迷惑をかけた事があり、今回は我慢したらしい。

「ううん、嬉しかったわ」
とっさの時であっても自分に対するギロロの気遣いを感じた夏美はとろけるような表情を見せた。
「そうか?」
夏美の笑顔にギロロも満足げだ。
「うん、あいつらに『あたしにはギロロがいる』って見せつけてやれたし……ね、ギロロぉ」
夏美はよほど嬉しかったのか甘えるような声を出すとギロロの腕にしがみついた。
地球人スーツ伝いにギロロの腕に柔らかな感触が伝わる。
『ま、ま、まて……この感触は……』
「ねえギロロ、今度はそのままの姿でビーチバレーしようよ」
「そ、そうだな、またあんな奴らが寄ってきてもいかんしな」
のぼせあがりそうになるところ夏美の声で意識を戻したギロロはかろうじて平静を装うと
自分の腕にしがみついたままの夏美と共にビーチボールを取りに戻った。



「いくよギロロ〜」
「何時でも良いぞ」
二人はビーチバレーを始めた。
スポーツ万能少女の夏美は生き生きとビーチボールを追いかけている。
ギロロはビーチボールを追いかける夏美の姿に見惚れていた。
「……夏美」
「笑っている時、泣いている時……どんな時でもお前は素晴らしいが……特に戦っている時のお前はまるで夏の日差しの様に輝いているぞ」
「頭の先からつま先まで隙一つ見せぬ動き……」
「それでいてふわりと愛らしく揺れ動く二つのおさげ……」
「輝く夏の空と海の間で弾む肢体……こぼれ落ちそうだ」
「揺れる……」
「弾む……」
「ゆ、ゆ、揺れ……」
「は、は、弾む……」
「こ、こ、こぼれ落ち……」
なにかがギロロに起きたらしい、急にギロロの動きが止まった。
「きゃ〜っ、ギロロ危ない!」
夏美の叫び声がしたその直後、ビーチボールとはいえ猛烈な夏美のアタックがギロロの顔面に炸裂した。
「ゆ、揺れ……は、弾み……」
夏美のアタックをまともに受けたギロロの意識は急速に失われていった……



その夜、此処は日向家。
「折角二人だけで海に行ったのにギロロの奴だらしがないのであります」
「ゴメンねボケガエル、忙しいのにお迎え頼んじゃって」
ギロロがビーチボールのアタックを受け気絶した為デートは終了、ケロロに空中輸送ドックで迎えに来てもらったらしい。
「それは別にかまわないのでありますよ、お駄賃も貰っちゃったしね」
余計な仕事が増えたにもかかわらずケロロは上機嫌だ。どうやらお迎えのお駄賃にガンプラを買ってもらったらしい。


ちょうど地球に来ていた為、ギロロの手当てをしていたプルルがリビングに現れた。
「ケロロ君、基地でモアちゃんが探してたわよ」
「そ、そうでありました。モア殿と約束していたのであります」
ケロロは慌ててリビングから出て行った。
「プルルさん、ギロロは?」
「さっきまでうなされていたけどもう大丈夫よ」
「良かった」
プルルの言葉に夏美はホッと胸をなでおろした。

「いったい何があったの?ビーチボールがぶつかっただけじゃないでしょ?」
「あたしにもよく分かんないの、普通にビーチバレーしてただけだもん」
原因をプルルに尋ねられた夏美だが夏美自身もなぜギロロがたかがビーチボールにぶつかったくらいでここまで気絶したのかよく分からないようだ。
「そういえばギロロ君うなされながら『揺れる』とか『弾む』とか言ってたんだけど何のことか分かる?夏美さん」
「さあ?」
プルルの言葉にますます意味が分からず首を傾げている。


「こんな事もあろうかと今日の二人を盗撮しておいたぜえ、く〜、くっくっくっ」
そんな二人の前に突然クルルが現れるとテレビの電源を入れた。
リビングのテレビ画面に海での二人が映し出された。
「ク、クルル!あんたいったい何してんのよ!!」
「お前馬鹿だな、何の見返りも無く俺がおっさんの頭なんか作る訳ないだろ」
どうやらギロロヘッドの中にカメラが仕込んであったらしい。
「まったくもう!」
「へ〜、夏美さん可愛らしい水着ね」
文句を言う夏美をよそにプルルは興味深く画面を眺めると夏美の水着を褒めた。
「え?えへへ……」
「本当はもっとギロロに可愛いところを見せようとこんな風にグラビアアイドルみたいなポーズをいっぱい練習したんだけどアイツあんな事になっちゃって……」
プルルに褒められてまんざらでない夏美は恥ずかしそうにしながらもプルルの前でポーズを決めた。


「あ、そうか、ふふ…あははは……」
夏美の姿とテレビ画面を見ていたプルルが急に楽しげに笑い始めた。
「え?なに?どうしたんですか?プルルさん」
理由が分からず夏美は目を丸くしている。


「あ、笑ったりしてごめんなさい」
目を丸くして自分の顔を覗き込む夏美に気付いたプルルはその事を夏美に詫びると笑顔を見せた。
「でも私、解っちゃった。ギロロ君が顔を真っ赤にして『揺れる』『弾む』ってうなされている理由」
「?」
夏美はまだ首を傾げている。
するとクルルまで何かに気付いたらしく笑い始めた。
「俺も解ったぜえ、く〜、くっくっくっ」
「分かった?」
「ああ」
「??」
楽しげに頷くプルルとクルルの姿に夏美はまだ首を傾げている。
「アイドルのポーズと違って特別な事ではないから夏美さん自身は気づかない事かもしれないけどギロロ君には『目に毒』だったわね」
「おっさんの奴……く〜っ、くっくっくっ」
「なんなのよ〜、もうギロロのバカ〜!」
どうやら夏美にはまだよく分かっていないらしい。
それからしばらくの間、ギロロは夏美の姿を見るだけで湯気を出すほど顔を赤くしていたらしい……
女の子の無自覚な誘惑ほど男にとって嬉しい……いや恐ろしいものは無いのかもしれない。




前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ