冬色の宇宙(短編集)その4

□帰ってくるもん!
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「帰ってくるもん!」


今回は恋愛前のお話です。


日向家のキッチンでは夕食当番の夏美が支度をしているが先程から何やら溜息ばかりを吐き一向に作業が進んでいないように見える。
少し手を動かしては溜息を吐き、振り返り庭先にある主のいないテントを見てはまた小さな溜息を吐いた。

現在日向家庭先のテントで生活している赤いケロン人は日向家にはいない、日向家というより地球を離れているのである。
ギロロは宇宙条約に基づいた治安維持活動にケロン軍代表の一員として参加する為、一旦侵略最前線の地球からケロン軍本部により招集されたのである。

本来ならば等の昔に帰還している筈なのだが次の担当者と交代する日の前日に大規模な戦闘状態になりギロロが参加していた部隊との通信が途絶えたまま現在に至っているのである。
混乱する現地の情報が飛び交う中、数日前にケロン軍本部からケロロ達に伝えられた情報はどれもギロロの生存に悲観的なものであった。

1時間ほど前……
ケロロはこの事を日向姉弟に一切知らせず、ただ単に帰還が遅れているとだけ伝えることにした。
それでもその場の雰囲気から冬樹達はかなり深刻な状況にあるのだと察したようだ。
「伍長は本当に大丈夫なの?」
ケロロの話を聞いた冬樹が心配する中、横で同じくケロロの説明を聞いていた夏美は話を聞き終わると興味がないことのようにその場を離れようとした。
「姉ちゃんは伍長の事、心配じゃないの?」
「侵略者の事なんか知った事じゃないわよ」
地下にある作戦室から出ようとする姉を呼び止める弟に背中を向けたまま手を振ると夏美は地下基地から出て行った。
「もう、姉ちゃんがあんなに薄情だとは思わなかったよ」
冬樹は姉の言葉に純粋に腹を立てている。
そんな冬樹にクルルが嫌味な笑い声をあげた。
「く〜っ、くっくっくっ…まあそんなに怒るなって、これ聞いてみろよ」
そういうとクルルはコンソールにあるスイッチを入れた。
スピーカーから小さく弱弱しい声が流れ始めた……夏美の声だ。
「……帰ってくる」
「……あいつなら大丈夫」
「……絶対に大丈夫だもん、絶対に帰ってくるもん」
「……絶対に」
「絶対に帰ってくるんだから……」
「……やだもう、早く帰ってきなさいよ」
「ギロロのバカ」
声と同時にすすり泣くような声が聞こえる、どうやら台所で泣きながら夕飯の支度をしているらしい。


「これって姉ちゃんの声?」
「もしかしてキッチンにいる夏美殿の声を盗聴しているのでありますか?」
どうやらキッチンに盗聴器を仕掛けてあるようだ。
「声だけではありません、画像だってありますよ、く〜っくっくっくっ」
いつになくおちゃらけた声を出すとクルルはもう一つのスイッチを入れた。
目の前のモニターがキッチンの様子を映し出すとそこには蛇口から水を流したまま俯き肩を震わせている夏美の姿が映し出されていた。

「やっぱり心配してるんだ姉ちゃん」
冬樹は明らかに泣いているであろう姉の後姿を心配しつつも、どこか安心したような表情を見せた。
「……夏美殿」
ケロロは夏美の様子を見て目頭を熱くしていた。

そんな二人にクルルがまるで水を差すように声を開けてきた。
「それはそうと奴さん夕飯の支度は全然進んでねえみたいだぜえ、くっくっくっ……」
確かにキッチンを映し出している映像には料理の『り』の字も存在していない、ケロロは顔を青ざめた。
「ゲロ〜っ、今日はインスタントで済ませる羽目になりそうであります」
「仕方ないよ、軍曹」
冬樹は姉の本当の気持ちがわかってうれしかったようで笑顔を見せている。


「大丈夫だぜえ、今日はごちそうだな」
「?」
「ギロロさん帰還、日向家庭先に到着します」
すぐ横にいたモアがギロロ無事帰還を伝えた。
「迎えに行こうよ、軍曹」
「まあちょっと待ちな、日向弟」
ギロロを迎えに庭先まで出ていこうとした冬樹をクルルが止めた。
「そうでありますよ冬樹殿、アレを見るであります」
ケロロはクルルに同意するとモニターを指さした。


庭先に降りてきたギロロのソーサーを見かけた夏美は大慌てでリビングの窓を開けると庭先へと飛び出した。
「ギロロ?」
「な、夏美か?今帰った……」
夏美の姿を見たギロロは姿勢を正すと軽く敬礼した。
夏美はギロロのもとに駆け寄るとケガは無いかと身体中を見回した。
「ケガ……ケガは無い?」
「この通りピンピンしている」
「……そう」
ギロロの言葉に安堵の息を吐くと夏美は静かに立ち上がった。
「か、変わりはないか?夏美」
「何年も逢わなかったわけじゃないんだから別に何も変わんないわよ」
ギロロの言葉に夏美は背中を向けるとぶっきらぼうな返事をした。
「そ、そうか……」
その言葉にギロロは少し落胆の息を吐いた。夏美のいつも通りの口調に自分の事などあまり心配していなかったのだと思ったのである。
「物騒な侵略者が一人いなかったから平和そのものだったわよ」
「……」
よく聞けばいつもと違い少し上ずったような声であることにギロロは気づいていなかったのである。
ギロロに背を向けたのは夏美自身瞳が潤んでいくことに気付き、それをギロロに悟られまいとしていたのである。
「……お帰りギロロ」
夏美はギロロに気付かれぬよう涙を拭うと笑顔を見せた。
「あ、ああ……」
ギロロは小さく頷いた。

「ねえギロロ、夕飯一緒に食べようよ?今からお買い物に行くところなの」
夏美は帰還したばかりのギロロを日向家の夕飯に誘った。
「お、俺は……」
「いいじゃない、アンタ帰ってきたばかりで夕飯の準備なんかしてないでしょ?それじゃ、あたしお買い物に行ってくるわね〜」
ギロロの返事もあまり聞かず夏美はリビングへと戻り、やがてあわただしく家を出て行った。

「……いつも通りか」
「……ケロロの処に帰還報告をしに行くとしよう」
ギロロは大きく溜息を吐くと地下基地に向かう為、リビングに入っていった。


地下基地ではケロロやクルル、そして冬樹とモアもモニターに映し出されていた庭先の二人の様子を見ていた。
「姉ちゃん、今日は残り物で済ませるって言っていたよね」
大急ぎでお買い物に出かけて行った姉の姿に冬樹は頬を緩ませていた。
「見ろよスキップしながら出かけて行ったぜえ、あのだらしのねえ顔、全く見てられねえぜ、くっくっくっ」
「……姉ちゃん」
姉のなんとも嬉しそうな顔とその行動に冬樹は複雑な表情を見せている。
「もしかしてこれってギロロの奴にも少しは『望みあり』ってやつ?」
「さあな、どうやらゼロじゃあなさそうだけどな……」
クルルはモニターに映し出されている画像をセーブすると嫌味な含み笑いを顔に浮かべた。
「っていうか『相思相愛』?」
モアもなんだか嬉しそうだ。
「んじゃギロロの奴がここに来たら二重に凱旋を祝ってやるのであります」
ギロロの春はもうそこまで来ているのかもしれない……ケロロには幼馴染の無事帰還以上にそのことが何より嬉しく感じられた……



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