夢色の花1

□あたしの中のギロロ
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秋が病室に近づくと中から夏美の歌声が聞こえてきた。
ドアを開けると夏美は体を起こしてベッドの上に座っていた。
「あっ、ママ…」
秋に気が付いた夏美はにこやかに笑った。
その様子はどことなくおかしい。
なにより目の焦点が合っていないのだ。

夏美の手元には編みかけのセーターがある。
「どう、調子は?」
「うん、もうちょっとで編みあがるわ」
秋が尋ねると夏美はにこにこと笑いながら答えた。

「でもあたし、なんでこんな物、編んでるんだろう?」
それはとても渋い色の小さなセーター。
「こんな小さなセーター…誰が着るのかしら?」
そう言ったとたん夏美は急に泣きはじめた、それはまるで子供が泣くように…
「よくわかんないけど…なんか…やだよ…やだ…」
泣きじゃくる夏美を見ていた秋の目にも涙が流れた。

が、次の瞬間、夏美は泣く事をやめて、ぼ〜っとしたかと思うと急に鼻歌を歌い始めた。
まるで思考が安定しないかのように喜怒哀楽を繰り返している。

その鼻歌は先程病室の中から聞こえていた歌
よく庭でギロロと夏美が歌っていた歌だ。
よくギロロが口ずさんでいた歌を夏美がいつの間にか覚えた物だ。
「夏美…」
夏美の様子を見て秋は思わず泣きくずれてしまった。
夏美はその事には反応せず鼻歌を続けている。

「夏美殿…」
その声に気が付いた秋が振り返ると其処には神妙な面持ちで佇むケロロの姿があった。

そのケロロに秋は珍しく声を荒げて迫った。
「ケロちゃん!これ、どういう事なの!!」
「夏美に!この子に何をしたの!!」
秋の抗議にケロロは土下座をした。
「申し訳ないであります、ママ殿…」
ケロロと秋が床に泣き伏しているのをよそに夏美はベッドの上で嬉しそうに微笑みながら鼻歌を歌っている…
すべての事の起こりは4日前の事であった。



4日前の午後
庭先で口げんかをする夏美とギロロの姿があった。
その始まりは他愛もない事である。
その日、何故か夏美は急にギロロを抱きしめたり体を触ったりしていた。
「お、おい…夏美、どういうつもりだ?」
「いいじゃない」
夏美は訳も言わずにギロロの手や体を確認するように触り続けている。
心中穏やかではないギロロは飛びのいてそれを拒否した。
「俺は戦士だ、やたらに後ろから触られるのは遠慮したい」
本当は嬉しい部分もあるのだが照れ隠しも手伝って迷惑そうな態度をとった。
「なによ、ケチ」
文句を言いながらも夏美はさらに触ろうとした。
「よせ」
ついうっかりギロロは夏美の手を払いのけてしまった。

「…そう」
「あたしに触られるのが…抱きかかえられるのがそんなに嫌な訳?」
その態度が夏美の機嫌を損ねたようだ
夏美の表情が先程までの穏やかな物から怒りを含んだものへと変わっていった。

「…そうではない」
ギロロは小さな声で否定したが夏美の機嫌は戻らず
とうとう夏美は怒りだしてしまった。
「そうではないと言っているだろう」
ギロロもつい反論してしまった、もうこうなると収拾がつかない。
すっかりこじれてしまい夏美は腹を立てて部屋に戻っていってしまった。



翌日、登校しようとした夏美は庭先でギロロと顔を合わせたが
謝るどころかつい意地を張ってしまい、ギロロに悪態をついて家を出てきてしまった。
本当は自分も非があると謝るつもりで庭に出ていったのに…

仕方なく学校に向かう夏美の前に得体のしれない宇宙人が現れた。
「地球防衛最終ライン723だな?」
「お前の命とデータをいただく」
宇宙人は怪しげな銃を夏美の前で構えた。
突然の事に丸腰の夏美はなすすべもない。

「夏美―――!」
何処からかギロロが現れて夏美を突き飛ばした。
その瞬間、宇宙人の銃から発射された光線がギロロにまともに命中してしまった。

「ギロロ!」
ギロロのビームライフルが宇宙人をつらぬき、宇宙人は消えていった。
「ギロロ、ギロロ…」
夏美は駆け寄りギロロを抱きしめようとしたがギロロの姿は徐々に消えていく。
「夏美…よかった…無事…で…」
夏美の両腕は空を切り、ギロロを抱きしめる事ができなかった。
夏美の目の前でギロロは消えていってしまったのだ、ベルトだけを残したまま…
「ギ・ロ・ロ…ギロロ――――!!」
膝つき空を切った腕を抱えたまま夏美は声高く叫んだがギロロの返事は聞こえなかった。
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