冬色の宇宙(短編集)その4

□「ワイシャツ」
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ワイシャツ


ある秋の日の午後…
「まったくもう!」
日向家の庭先でこの家の長女である夏美が何やら声を荒げながら物干しに干されたままの洗濯物を取り込んでいる。
どうやら今日の洗濯当番であるケロロが午後になっても洗濯物を取り込まないでいたらしい。
「真夏じゃないんだから3時過ぎると湿気るし、取り込むの忘れないようにって言ったのに!」
怒りに震えながら洗濯物を取り込んでいた夏美は物干しの隅にある洗濯物に気付いた。
「あれ、これ何かしら?」

物干しの脇にはどうやら男物らしいスーツとシャツが干されていた。
「大きなワイシャツ…男物みたいだけど冬樹のじゃないわね」
日向家には父親がいない、当然大人の男物の洗濯物など干される事もない。
夏美はこれがケロロ達がよく使用する『地球人スーツ』と呼ばれるものに使用しているものだと気付いた。
「…そうか、ボケガエル達の『地球人スーツ』とかが着ているやつね」
「そういえば上着とズボンも横に干してあるわね…えっと…え?G…66?これギロロのなの?」
シャツのタグにG66の名が刺繍してある、どうやら地球人スーツはそれぞれの隊員別に用意されているらしい。
「そうか、これギロロの地球人スーツのやつなのね…ギロロが洗ってここに干したのかしら」
夏美はテントの中にいるであろうギロロに声をかけた。
洗濯物が乾いている事を教える為である。
「ギ〜ロロッ…いないのかしら」
どうやら留守にしているらしくギロロの返事はない。
「乾いてるみたいだし…とりあえず取り込んでたたんであげなきゃ」
夏美はギロロのスーツを物干しから取り込むとリビングに戻っていった。



ここは夏美の部屋。
どういう訳かベッドに腰を下ろす夏美の前にギロロのワイシャツが拡げられている。
夏美は拡げられているシャツを物珍しそうに眺めていた。
「こうして見るとおっきいわねえ…どうしてこのサイズなのかしら?」
「きっとボケガエルに聞けば『地球人成人男性の平均的な体格を調査して決めたのであります』なんて言うに違いないけどね」
地球人スーツを着て並んだ時のギロロは確かに自分よりずっと背が高い…
「・・・・・・・・」
「ギロロだって地球人だったらこの位大きなシャツを着るのかしら…」
身近に父親など大人の男性が存在しないせいか普段はイマイチピンとこないが
こうして改めて地球人スーツとはいえ大人の男の服を間近で見た夏美はギロロも本当は大人なのだろうと妙に納得した。
「男の人のシャツ…か」
「そういえばよくマンガや映画で女の子が彼氏のシャツを着るシーンとかあってさ…」
夏美は何となくワイシャツを自分の腕に通してみた。
『大きい…直接着てみると余計に大きく感じるわ』
どんなに一生懸命伸ばしても手が袖から出ない…そんな大きなワイシャツに包まれた夏美はある匂いに気付いた。
「あれ?なんだろ…この匂い…新しい洗剤?」
「…そうじゃない、洗剤の匂いも確かにするけど…そうだ、ギロロの匂いだ」
洗剤の香りの他に僅かではあるが火薬や鉄…それに焚火の匂いがする…夏美にはそれがギロロの匂いのような気がした。
「…ギロロったら洗剤の量を間違えたのかしら?」
「・・・・・・・・」
「…でも」
「でも何だか嫌いじゃないな、この匂い…」
「よく横で一緒に焼きいも食べたりお話したりするからかな?」
「・・・・・・・・」
「この匂いに包まれたら何だか暖かくなってきちゃった」
「いつも並んで焚火に当たるからかな?」
「…なんだか気持ちよくなって…き…ちゃ…」
夏美はワイシャツを着たままいつの間にかベッドの上で瞳を閉じていた…



それから数時間後
ダイニングで夕飯の支度をする冬樹の手伝いをしているケロロのところへギロロがやって来た。
どうやら夏美を探しているらしい。
「なあケロロ、夏美は自分の部屋か?」
「多分そうであります、どうかしたでありますか?」
「いや、地球人スーツの服を洗濯したんだが、どうやら俺の留守中に夏美が取り込んでくれたらしくてな」
ギロロが夏美を探していると分かるとケロロは突然嬉しそうに笑顔を見せた。
「そ、そうでありますか…ちょうどよかったでありますギロロ伍長、それならついでに夏美殿を呼んできて欲しいのであります」
「俺がか?」
わざわざ自分が呼びに行く理由が分からずギロロは首を傾げた。
「そろそろ夕飯の支度が完了するのであります」
「冬樹はどうした?…ああ、今日は冬樹が当番なんだな」
「そうなんだ、伍長頼むよ」
何やらフライパンで炒め物をしながら冬樹が笑顔を見せている。
「だったらケロロ、お前が行けば良いじゃないか」
「わ、我輩はちょっと…」
「フン、まあいい」
ケロロの態度に怯えが見える、どうせまた夏美に叱られるような事をしたのだろうと勝手に納得するとギロロはダイニングを後にした。



「おい夏美、晩飯だそうだぞ」
二階に上がったギロロが夏美の部屋の前で声を掛けるが夏美からの返事はない。
「…寝てるのか?夏美、開けるぞ」
部屋に鍵は掛けられていない、ギロロは勝手にドアを開けると夏美の部屋に入って行った。
「なつ…」
「?」
声を掛けようとしたギロロが見つけたのはなぜかギロロのワイシャツを身に着けたままベッドで眠る夏美の姿であった。
「俺の地球人スーツのワイシャツではないか?何で夏美が袖を通しているんだ?」
なぜ夏美がそのような行動をとっているのか全く理解できずギロロは大きく首を傾げた。
「お、おい夏美…」
声をかけ起こそうとしたがよく寝ているらしく夏美は目を覚まさない。
「…やれやれ、まったく気持ちよさそうに寝てる…無理やり起こすのも気が引けるがどうしたものか」
ギロロは少しだけ起こすのを待つ事にした。



ダイニングでは完成した料理を運びながら冬樹がケロロにギロロを夏美のところに行かせた理由を聞いていた。
「わざわざ伍長に姉ちゃんを呼びに行かせて…さては軍曹、また姉ちゃんを怒らせるような事したんでしょ?」
流石に冬樹はお見通しらしい、ケロロは照れくさそうに頭を掻きながら笑顔を見せると訳を話した。
「…実は洗濯物を取り込むのをすっかり忘れていたであります」
「…で、結局姉ちゃんが文句言いながら取り込んだんだ」
「今単身我輩が夏美殿の部屋に出向いたらきっとただでは済まないでありますゆえ…」
「…で、伍長を行かせたんだ」
「夏美殿はギロロには少し甘いところがあるでしょ?」
「結構気が合うらしいからね…でも結局姉ちゃんがここに来たら軍曹怒られるんじゃないの?」
「その時は冬樹殿…弁護をお願いするであります」
「いいけどそう上手くいくかなあ」
「大丈夫であります」
あくまで楽観的なケロロを見て噴出しそうになるのを押さえると冬樹は天井を見上げた。
「それはそうと姉ちゃんも伍長も遅いね」
「…で、ありますな」
もうギロロが夏美を迎えに行ってからずいぶん時間が経っている。
「まさか夏美殿、怒りのあまりギロロまで…」
「いくら姉ちゃんでもそれはないよ」
怯えるケロロの姿に苦笑いを見せると冬樹はダイニングの準備を続けた。



その時、二階から夏美の悲鳴にも似た声が聞こえ…
暫らくすると身体じゅうあざだらけになったギロロと『だってだって…』を繰り返しながら
ギロロに向かってすまなさそうに両手を合わせる夏美がダイニングへと現れた。
どうやら目を覚ました夏美が目の前にいるギロロを見つけ
寝起きの恥ずかしさと勝手にシャツを着ていた恥ずかしさから思いっきりギロロを張り倒してしまったらしい。

「…我輩呼びに行かなくてよかったであります」
ギロロの無残な姿を見たケロロが顔を青ざめながら呟いている。
冬樹はギロロに一緒に夕飯を食べるよう声をかけた。
冬樹はギロロが夏美を迎えに行った時から今夜は一緒に夕飯を食べさせようと準備していたらしい。
「ねえ伍長も一緒に食べようよ、たくさん作ったんだ」
「い、いや俺は…」
ギロロが躊躇していると横から夏美も夕飯を一緒に摂る事を勧めた。
「一緒に食べようよギロロぉ、後で薬塗ってあげるからさ」
「ね!」
夏美の甘えるような声と笑顔がギロロのハートを直撃する。
「そ、そこまで夏美が言うなら…」
青あざだらけのギロロは顔を真っ赤にすると一つ咳払いをして小さく頷いた。

「…結局その薬を塗る原因は夏美殿でありますし」
その様子を見ていたケロロが夏美に聞こえぬよう小声で呟いたがどうやら夏美の耳にしっかり届いていたようだ。
それまで笑顔だった夏美の顔がみるみる鬼の形相に代わっていく…
「何か言った?ボケガエル!」
「い、いえ…何も言っていないであります」
「軍曹、今は余計なこと言わない方がいいと思うよ」
「…で、あります」
冬樹に諭されながらケロロは慌てて口に両手をあてた。



その日の夜、日向家ダイニングにはギロロも加わり、和やかで賑やかな食事風景が見られたとの事である。

ちなみにギロロのワイシャツは地球人スーツにすでにスペアが装着されていたという事もあり
この騒ぎでギロロがうっかりその存在を忘れていた為、しばらく夏美の部屋に置かれたままになっていたらしい。
後日こっそり着ているところをクルルに盗撮され大騒ぎになるのだがそれはまた別のお話…




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