冬色の宇宙(短編集)その4

□「お迎え」
1ページ/1ページ

「お迎え」


今回は恋愛前のお話です。


「じゃあね夏美」
「うん、また休み明けに学校でね」
ソフトボール部の助っ人に駆り出されていた夏美は友人と挨拶をすると一人運動公園前に立っていた。

此処は新しく奥東京にできた総合運動公園。
今日はこの公園にある野球場で奥東京地区の中学女子ソフトボール大会が行われていたのである。
遠くまで遠征する時などは学校から貸し切りバスを使って行き来するのだが
今回大会が行われた総合運動公園は吉祥学園からほど近い為、各人現地集合となっていた。

奥東京は西澤家が寄付をする為か、市民に対する税金も安いが同時に公共施設の設備も充実している。
大会などで施設を利用する選手の為に広いロッカーからシャワールームまで至れり尽くせりである、おまけに広い駐車場やレストランから売店まで完備されている。
そこで大会に出場する娘の応援に総出で応援に来ている家族が多い事からソフトボール部の顧問は今回現地集合、現地解散としたらしい。


ソフトボール部の友人達が応援に来た家族と一緒に帰っていく。
家族の来ない友人もいたがどうやら彼氏とこれから待ち合わせているようだ。
顔を赤くしながら手を振って別れる友人に『試合でさんざん疲れているのに元気ね』と笑って手を振ると
夏美は応援に来ていたらしい彼氏の許へ駆けていく友人を見送った。

「夏美、家まで送ろうか?」
中には夏美を家まで送ると申し出てくれた友人もいたが夏美はすぐそこのスーパーでお買い物をしていくからと言って遠慮した。
本当は別に買い物をする予定などなかったのだが、家族のだんらんを少しでも邪魔してはいけないような気がしたのである。
夏美は友人達をすべて見送ると僅かに肩を落として溜息を吐いた。
何時だって最後はいつも一人…夏美は何とも言えない寂しさを感じずにはいられなかった。



「え?」
家路につこうと歩き出した夏美は目の前の街路樹脇に見覚えのある姿を見つけた。
「ギ…ロロ?」
そこには地球人スーツに身を包んだギロロがまるで隠れるように立っていたのである。
何か探し物でもしているのか周りをきょろきょろと見回している…どうやら夏美にはまだ気づいていないようだ。

「ギロロ、どうしたの?こんなところで…そんなスーツ着て」
「お、おわっっ…な、夏美、こ、このような場所で逢うとはき、奇遇だな」
近づいた夏美が声をかけるとギロロは慌てて手に持っていた物を後ろに隠した。
「何かくしたのよ?怪しいわね…今度は何をたくらんでいる訳?」
夏美が不快感を顔に出しながら声を荒げるとギロロは隠したものを夏美の前に出して見せた。
「こ、これはケ、ケロロの奴にどうしてもと頼まれてな…そこのスーパーで宇宙お好み焼き用のソースを買ってきたんだ」
なるほど確かにすぐそこのスーパーのレジ袋である。
「何よエコバック持って行かなかったの?余分なお金取られたでしょ?まったくボケガエルもギロロに頼むんならそれくらい教えてあげなきゃ…」
「言いたくないけどギロロ、『使い走り』なんてあんたボケガエルにいいように使われてない?」
「そりゃ確かにボケガエルはあんたにとっては隊長かもしれないけどさ…」
夏美はギロロがケロロに都合の良いように使われているのだとここにいないケロロを非難した。

…と、その時
「失礼な、お使いを願い出たのはそこにいるギロロ伍長でありますよ」
聞きなれた声に夏美ばかりかギロロまで振り返るとそこにはギロロと同じく地球人スーツを身に着けたケロロが立っていた。
「ギロロってば我輩に向かってそれはしつこく『何か商店街方面に用事はないか?』って五月蠅いのなんの…」
「おまけにエコバックの事も聞かずに飛び出していく始末…」
ケロロはそう言って大きく溜息を吐いた。

「…で、あんたはギロロを追いかけてここまで来たの?」
夏美の問いにケロロは首を横に振ると通りの先に見える模型屋を指差した。
「とんでもないであります、お好み焼き用ソースはギロロがあんまりうるさいので仕方なく頼んだであります…」
「我輩がここに来たのはこの先の模型店で新作のガンプラをゲットする為なのでであります、ちょうど今頃新製品が店に届くのであります」
ケロロは商店街にある模型屋にガンプラを買いに行くところなのだと夏美達に笑顔を見せた。

「んじゃ我輩は急ぐので失礼するでありますが…ギロロく〜ん、どうでもいいけどもう少し素直になるであります」
模型屋に急ぐ為その場を離れようとしたケロロは離れ際にニヤリと笑うとギロロを肘で突いた。
「何の事だ?」
顔を赤くしながらもとぼけるギロロにケロロはまるで夏美に聞かせる為かのような大きな声で話しかけた。
「…お買い物に出かけたの、他に理由があるんでしょ?」
「いいから早く行け!」
湯気を出しそうなほど顔を真っ赤にしたギロロはすごい剣幕でケロロを追いたてた。
「了解であります、ソースはモア殿に渡しておいてほしいであります」
「…ああ」
ケロロは恥ずかしそうに顔を赤くするギロロを嬉しそうな目で見ると手を振りながらその場から離れていった。
「んじゃ、ごゆっくりであります」
「うるさいわ!」
やがてケロロの姿は街角へと消えていった。



「まったくあんたと言いボケガエルと言い、いくらそのスーツ着てたって怪しさ全開なんだから問題だけは起こさないでよね」
地球人スーツはともかくその丸い顔はごまかせない、夏美は再びギロロの地球人スーツ姿を見て溜息を吐いた。
「そのようなヘマはしない、これでも俺達は先行部隊だからな」
「どうかしら」
自信たっぷりと言った感じのギロロを見た夏美は思わず吹き出しそうになった。
「あのなあ…」
不満げな顔をするギロロを無視して手元のレジ袋をよく見た夏美は袋の中身がソースだけではない事に気が付いた。

「ねえギロロ、それはそうとソースだけにしてはそのレジ袋もっと何か入っているみたいに見えるけど」

「こ、これは…あ、あんまり暑かったんでな…アイスを買ってきたんだ」
「アイス?」
「偶々だ、そうだ折角だから夏美に一つやろう」
そういうとギロロは袋の中からアイスのカップを取り出した。
「アイスって…ちょっと見せて」
季節は夏真っ盛り、特に今日はかなり暑い…夏美はアイスの中身が心配になりギロロからアイスを受け取るとカップの蓋を開けた。
夏美の心配通りカップの中にあるアイスはかなり溶けてしまっている。
「あ〜やっぱり…もうだいぶ溶けちゃってるじゃない」
「ス、スマン…ついうっかりした」
夏美が少し強い口調で文句を言った為かギロロは申し訳なさそうに肩を落としている。
夏美はそんなギロロの様子に小さな溜息を吐くと笑顔を見せ、ギロロの手を引き公園入口にあるベンチへと歩いていった。
「カップだったのが救いね…いいわ、そのベンチで食べましょ」
「ああ」
二人は並んでベンチに腰かけると半分以上溶けたカップアイスを食べ始めた。

溶けたアイスを匙で流し込むように口に入れている間も夏美はギロロが何時から公園前に居たのかが気になっていた。
『いくら今日が暑いからってこんなに溶けて…いったい何時から此処にいたのよ…って』
同時にギロロがアイスを二つ持っていたのはもしかしたら帰宅する自分を待っていてくれたのではないかと思い始めていた
『アイスが二つって…もしかしたらあたしの為にこのアイス買って…ううん、あたしのこと迎えに来るつもりでボケガエルに用事を聞いたの?』
『…って、そんな訳ないか』
『…でも』
否定しようとしてもどこか否定したくない自分がいる…夏美は手を止めるといつの間にか木の匙を口に銜えたまま俯いていた。

「どうしたんだ?夏美」
「え?」
ギロロに声を掛けられ我に返った夏美が顔を上げると心配そうな顔をして自分を見つめているギロロがいた。
「先程からさじを銜えたまま悩み込んでいるようだが」
瞳と瞳が見つめ合い、我慢できなくなった夏美は思い切ってギロロに尋ねた。
「…ねえギロロ聞いていい?」
「なんだ?」
「…このアイスなんだけどさ」
「まずかったか?」
溶けたアイスはやはり不味かったのだろう…そう思ったギロロは辛そうな顔をした。
「…ううん、そうじゃなくて」
夏美は慌てて手と首を大きく横に振ると僅かに俯き、恐る恐る上目づかいでギロロの様子を窺いながら静かに尋ねた。
「…もしかしてあたしの為に買ってくれたの?」
「た、偶々だ…だが戦いを終えた戦士には糖分の補給が必要だと言うからな」
上目づかいで自分を見る夏美のしぐさに思わず赤らめた顔を逸らすとギロロは小さく頷いた。

『やっぱりあたしの為だったんだ』
ギロロの言葉からアイスが自分の為に用意された物であると分かった夏美は
同時にギロロがわざわざケロロに用事がないか聞いてまで自分を迎えに来てくれたのだという事も理解した。
ギロロなりに敵である自分を迎えにくる為の口実が必要だったのではないか…そんな気がした。
『何やってんのよギロロ…あんた侵略者であたしは敵なんでしょ?』
いつも自分の事を敵だと言い続けている赤い侵略宇宙人は今自分の目の前で顔を逸らしながらも時々心配そうにこちらの様子を窺っている。
なんだか少し胸がドキドキした…夏美は素直にお礼をいう事にした。
「ありがとギロロ、溶けていてもまだ結構冷たくて甘いわ」
「それは何よりだ」
目の前の侵略者は自分の笑顔に湯気を出しそうなほど顔を赤らめると再び顔を逸らし横を向いた。
ただその直前の顔はいつにも増して満足げに見えた。
夏美はカップに残っていたアイスを口の中に流し込んだ。
『うん、甘い…』
アイスはいつも夏美が好んで食べる銘柄のアイスだったが今日のそれはいつもに増して甘く感じられた。
それは胸の奥底まで甘く…甘く感じられた。

アイスを食べ終わった夏美はベンチから立ち上がるとカップをゴミ箱に入れ、ギロロに向かって『一緒に帰宅して』と、おねだりした。
「ねえギロロ、今日はこのままあたしと一緒に家に帰ってよ」
「お、お前がそう言うなら、し、仕方がないな」
ギロロはすぐ横に並んで笑顔を見せる夏美に一瞬慌てたが一つ咳払いをすると静かに頷いた。
「今日のあたしの活躍聞きたい?」
「…聞かせてもらうとしよう」
二人は公園を後にすると日向家に向かって歩き始めた。
「どれ、荷物を持ってやろう」
「え?あ、い、いい、いいわ、あたし自分で持つから」
ギロロは手を差し出すと夏美が手に持っていたバッグを代わりに持とうとしたが夏美は顔を赤らめそれを断った。
「遠慮するな」
「だ、だって…あ、汗になった着替えとか入ってるから…」
夏美の言葉に今度はギロロが赤い顔をさらに赤らめ慌てて手を下げた。
「そ、そうか…ス、スマン」
「もう何でギロロが謝るのよ」
「い、いや、そ、それは…スマン」
「もうギロロって変なの」
頭を掻きながら顔を赤くするギロロの横で夏美は満面の笑みを見せていた。

先程まで家族や彼氏のお迎えで帰る友人達を一人見送る夏美が僅かに感じていた寂しさは
予期せぬ赤い侵略宇宙人のお迎えにより今の彼女からは完全に消えていた…




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ