冬色の宇宙(短編集)その4

□「気づいてよ!」
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「気づいてよ!」


今回は恋愛中のお話です。


「たっだいま〜」
此処は日向家
冬樹とケロロがリビングでテレビを見ていると買い物に出かけていた夏美が上機嫌で帰ってきた。
「お帰り姉ちゃん」
「夏美殿、お帰りであります」
冬樹とケロロが声をかけると買い物の荷物をキッチンに置いた夏美はケロロ達の前に来て「ねえどう?」とポーズをつけた。
「どうって…何が?」
「はて?服もいつもと同じでありますし…」
冬樹とケロロは夏美の言葉の意味が分からず首を傾げている。
その様子に夏美の機嫌が一気に悪化していった。
「もうあんた達はいったいどこに目をつけてるのよ、髪の毛よ髪の毛…せっかく美容院に行ってきたのに」
どうやら夏美は買い物のついでに美容院に行ってきたらしく綺麗になった髪の毛を冬樹たちに見つけてほしかったようだ。
「髪?」
「の毛…でありますか?」
髪の毛と言われた冬樹とケロロは更に首を傾げた。
「どこがどう変わったのか我輩にはよく分からないであります」
「僕もだよ」
二人には美容院に行ったという夏美の髪の毛がどう変わったのか全く分からないらしい。
「何言ってんの、よく見てよ」
「ほら、ここの毛先を1センチ切って綺麗にそろえてもらってさ…」
言われてみれば確かに髪の毛の艶も何時もよりあるような気もするが髪の長さなどさっぱり違いが分からない
「そ、そうなんだ…」
「た、確かに今日は一段と美しいでありますな…ゲ、ゲロゲロ…」
冬樹とケロロはごまかし笑いに必死のようだ
そんな二人に溜息を吐くと夏美はリビングの窓に向かった。
「いいわよ、あんた達はその程度なんだから…ギロロならきっと気が付いてくれるもん」
リビングに置かれていた鏡に目をやり自分の髪の毛に頷くと夏美は上機嫌で庭先に下りていった。


「…伍長って」
「あの武器おたくの軍人に分かる筈ないであります」
冬樹とケロロはギロロが自分の変化に対し、あたりまえのように気づくと思い込んでいる夏美に目を丸くしていた。
と、同時にもしギロロが夏美の髪の毛の変化に気付かなかった場合に起きうる事態を想像し背筋が凍っていった。
「どうしよう伍長が姉ちゃんの髪の毛に気付かなかったりしたら…」
「夏美殿の機嫌は一気に急降下…大荒れに荒れるであります…冬樹殿、ここは総員退避が必要であります」
「そ、そうだよね…でもちょっと心配だなあ」
「確かに」
二人は恐る恐るリビングの窓から庭先を覗いた。



「ギ〜ロロッ」
「おお夏美、無事帰還したようだな」
後ろから声をかけた夏美に気付いたギロロは磨いていた小銃をしまうと夏美の無事を確認し小さく頷いた。
「お買い物だけなのに大げさねえ」
何時もと変わらぬギロロに吹き出しそうになるのを我慢すると夏美は定位置である自分のブロックに腰を下ろした。
「そ、そうか?」
「そんな事よりさ、ギロロどう?」
「どうって?」
照れ臭そうに夏美から目を逸らしていたギロロだったが夏美の問いかけに顔を上げた。
「あたしちょっと違うでしょ?わかる?」
不思議そうな顔をして見つめるギロロの前で夏美はブロックに腰を下ろしたままポーズをつけた。


ギロロは無言のまま夏美の姿をじっと見つめている。
「やばいよ伍長」
「これはきっと夏美殿も爆発するであります」
冬樹とケロロはリビングの窓から胸をハラハラさせながら二人の様子を眺めていた。

だが冬樹たちの心配をよそにギロロは一つ息を吐くと「『髪結い』(美容院)に行ってきたのだな」と笑顔で答えた。
「…そうか『髪結い』に行ってきたのだな」
「かみゆ…そ、そうよ、やっぱりわかった?ギロロ」
ギロロの言葉を聞いた夏美の表情が明るく輝いていく。
「ああ、勿論だ」
ギロロは力強く頷いた。
「えへへ、やっぱりギロロは違うわね…ちゃんとあたしの事見てくれてるんだ」
嬉しそうに顔を赤らめると結果に満足したらしく夏美はブロックから腰を上げた。
「今日はこれから桃華ちゃん達とお茶会するんだけど後でお茶とお菓子おすそ分けしてあげるね」
そういうと夏美は鼻歌を歌いながらリビングに戻っていった。


「凄いや伍長、よく分かったね」
「信じられないであります」
予想外の結果に目を丸くしている冬樹たちの処に戻ってきた夏美は満足げに笑顔を見せた。
「どう、ギロロはちゃんとあたしが美容院に行った事分かったわよ…あんた達とは違うんだから」
かなり嬉しかったらしく上機嫌の夏美からは鼻歌まで聞こえてくる。


丁度その時リビングにモアが現れた。
これから夏美はモア、桃華、小雪、そしてプルルと女の子達だけでお茶会をするよう約束しているらしい。
「夏美さん、そろそろお時間です…あっ、美容院に行かれたんですか」
「そうよ、分かる?」
すぐに夏美の変化に気付いたモアに夏美はまるではしゃぐかのように喜んだ。
「勿論です、とても素敵です夏美さん…って言うか『乙女の輝き』?」
「でしょ?ほら御覧なさい冬樹、ボケガエル、モアちゃんもちゃんとわかったわよ」
夏美の髪の違いにモアがすぐ気付いた事に目を丸くしているケロロ達に夏美は少々皮肉交じりの声をかけた。

「こんにちは」
呼び鈴が鳴り、夏美達が玄関の戸を開けると桃華が現れた。
「いらっしゃい桃華ちゃん」
「今日はお招きありがとうございます…夏美さん美容院に行ってらしたのですか?」
驚いたことに桃華もまた夏美の髪の毛の違いにすぐ気付いたのである。
「そうよ、分かる?」
「はい、毛先がとても綺麗にそろっていますわ」
「えへへ〜でしょでしょ?」
桃華が具体的に褒めたので夏美は大はしゃぎだ。

「ほら御覧なさい、桃華ちゃんだってすぐわかったじゃない」
「どうしたのですか?」
夏美が後ろに立つ冬樹たちに皮肉たっぷりな言葉をかけているのに気付いた桃華が理由を尋ねると夏美は事の次第を桃華に説明した。
「それがね、冬樹とボケガエルはあたしを見ても美容院に行ったって分からなかったのよ」
「そんな、こんなに綺麗に仕上がってますのに…冬樹君たら酷いですわ」
桃華は冬樹が気付かなかったことを素直に驚き、少々がっかりしているようだ。

「でね、桃華ちゃん、モアちゃん…実はこの二人は気づかなかったけどギロロはちゃんと気づいてくれたのよ」
「本当ですか?凄いです…って言うか一心同体?」
「素敵です、流石にお付き合いしているだけの事はありますね」
ギロロだけ気づいたと言う夏美の言葉にモアも桃華も素直に感心している。
「へへえ、でしょ〜」
そんなモアと桃華を見て夏美はますます上機嫌のようだ。
「もうすぐ小雪ちゃんとプルルさんも来るわ、先に部屋に上がっていましょ」
「はい」
夏美達はリビングから出ると階段を上がっていった。


リビングに二人だけ残ったケロロと冬樹はどうにも合点がいかないでいた。
「どうにも信じられないであります、ギロロが夏美殿の美容院に気付くなんてありえないでありますよ」
確かにケロロのいう事も尤もである、普段のギロロから見れば女の子の微妙な変化に気付くことなどありえないと言える。
「でも確かに姉ちゃんの言う通り二人はお付き合いしている訳だし…」
「いや、それにしても出来すぎであります…我輩直接ギロロに聞いてみるでありますよ」
どうにも確かめてみたくなったケロロはリビングの窓を開け庭へ出ていった。
「あ、ちょっと待ってよ軍曹」
二人は庭先のブロックに腰をかけているギロロの許へ向かった。



「なんだ二人とも…どうしたんだ?」
突然目の前に現れた二人の姿に目を丸くしているギロロにケロロはいきなり理由を尋ねた。
「ギロロはどうしてわかったのでありますか?」
「?」
「姉ちゃんの髪の毛の長さだよ」
ケロロの問いかけの意味が分からず首を傾げるギロロに冬樹が夏美の髪の毛の事だと補足を入れた。
だが驚いたことにギロロは夏美の髪の毛の変化に気付いている訳ではなかったのである。
「髪の毛の長さ?夏美の?どこか変わっていたか?」
「え?だって伍長は姉ちゃんが美容院行ったの分かってたじゃない」
ギロロの答えに驚く冬樹にギロロは自分が気付いたのは香りだと答えた。
「ああ、アレは香りだ」
「香り…でありますか?」
目を丸くするケロロに頷くとギロロは夏美から髪結いに行った後に香る匂いがしたのだと答えた。
「まあな、いつもと異なる香りが夏美からしてきてな…いつもの香りではなく以前髪結いに行ってきた時と同じ香りだったのでな」

「なんだそうだったんでありますか、ギロロにしては気が利きすぎていると思ったであります」
ギロロの答えにケロロも納得したらしい。
冬樹は夏美が自分の髪の毛の違いにギロロが気付いていなかったと知ると怒り出すのではないかと心配した。
「でも姉ちゃんは伍長が綺麗になった自分の髪に気付いてくれていると思い込んでいるからそっとしておいた方がいいかもね」
そこでケロロに個の事を秘密にしておくように提案する事にしたのである。
「その方が無難でありますな」
ケロロもまた冬樹の提案に同意すると笑って頷いた。
「?」
ギロロは二人の会話が読めず首を傾げている。


互いに納得している冬樹とケロロに今度はギロロが一丁の自動小銃を見せ始めた。
「そんな事よりケロロ見ろ、今朝ケロン軍本部から送られてきたやつなんだが…」
「ケロン軍正式採用の『AK66式』でありますな」
ケロン軍人標準装備の小銃だがギロロは軍に改良を求めていたらしい。
「かねてから俺が指摘していた『構えた時のバランスの悪さ』をやっと改良してくれたんだ」
ギロロから小銃を渡されたケロロは暫らく銃を眺めていたがどうやら違いに気付いたらしい。
「…なるほど、ここをいじったんでありますね」
「…ごめん、僕には違いがよく分からないや」
ケロロは違いに気付いたらしいのだが冬樹にはどこが違うのかさっぱりわからない。
「よく見ろ冬樹、ここだ」
そこでギロロは改良前の小銃を転送させ冬樹の前で並べると違いを指差した。
どうやらほんの数ミリ形状が変わっている部分があるらしい。
「う〜ん、何となく分かったかも…」
『これじゃあ姉ちゃんの髪の毛の長さの違いとと同じかも…』
冬樹は苦笑いをしてその場を誤魔化していた。



そんな日向家の様子をのんきに眺めている者達がいた。
日向家の屋根でドロロと623が将棋をしていたのである。
「やっぱさ、髪の毛にしても武器にしても興味のある事にはみんな敏感だよね」
「まったくでござる」
623の言葉にドロロは将棋の駒を置きながら静かに頷いた。
「…でも夏美ちゃんの香りの違いに気付くなんてよく考えたら伍長さん凄いね」
「それだけ夏美殿に対して敏感なんでござるよ」
香りの違いとは確かに凄いのかもしれないとドロロは少し吹き出しそうになった。
「じゃあさ、伍長さんが髪の毛の変化に気付かなかったって知ったら夏美ちゃんどうなるかな?」
「考えるだけ野暮でござるよ623殿」
「そうだよね、香りの違いに気付くくらいだもんね」
「かなりのものでござる…ところで623殿、王手でござるよ」
どうやら話に夢中で623は読みを誤ったらしい、一瞬の誤手をドロロは見逃さなかった。
「え?ちょ、ちょっと待ってよドロロ」
「待ったなしでござる」
二階から聞こえる楽しそうな声や冬樹に小銃を説明する幼馴染達の姿を見て満足げに頷くとドロロは静かに空を見上げた。





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