冬色の宇宙(短編集)その4

□「春だもん!」
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「春だもん!」

今回のお話は恋愛中のお話です。


「…そんな…どうしよう」
洗面所の鏡に夏美の青ざめた顔が映っている。
部活の助っ人を終え帰宅した夏美は汗を流そうと浴室にやって来たのだが、どうやら非常事態が起こったらしい。
とりあえずシャワーは浴びたものの浴室から出ると物凄い勢いで二階の自室に戻っていった。

「はて?夏美殿はいったいどうしたでありますか?」
物凄い勢いで階段を駆け上がる音にケロロは首を傾げた。
そんなケロロに冬樹はおやつを口に入れながら笑顔を見せた。
「軍曹、たぶん春恒例の奴だよ」
「春恒例?夏美殿の?…なるほど分かったであります」
ケロロも冬樹の言葉の意味が理解できたらしく笑いながら大きく頷いた。

ドスン!バタン!
二階から何やら大きな音がする、リビングの蛍光灯から延びる紐が大きく揺れる…
「夏美殿はまた冬の間に太ったでありますか」
どうやらこの音と振動は夏美が自室で運動をしているものらしい
冬の間に色々食べ過ぎていつの間にか体重が増え、春先にその事に気付いて大慌てをする…
夏美にとって毎年変わらない年中行事の様なものだ。
「でも今年はそんなに間食していなかったし、伍長と出かけては運動していたらしいけど…」
「それでも太るとは体質的なものかもしれないでありますなあ」
冬樹とケロロはリビングの天井を見上げながら大きく溜息を吐いた。



「夏美が帰宅したようだが何かあったのか?」
丁度そこへギロロがやって来た。
いつもなら帰宅後すぐに庭先のテントまでやってくる夏美が現れないので少々心配になって来たらしい。
「ああ伍長、実はね…」
冬樹は事の次第をギロロに伝えた。


「太った?夏美が?」
冬樹の話を聞いたギロロは合点がいかぬのか首を傾げている。
「たぶんそうだと思うよ、お風呂場から二階へ上がったと思ったら急に運動し始めたみたいだから」
「毎年毎年懲りないでありますな」
首を傾げるギロロに冬樹は先程の様子を伝えた、ケロロは呆れ顔で溜息を吐いている。
「昨日見た時、別に身体の線はいつもと変わらないと思ったのだが…」
夏美を心配して様子を見に行こうとしたギロロは独り言を言いながらリビングから出て行った。
「昨日?」
「身体の線?」
「いつもと変わらない?」
ギロロのつぶやきを聞いていた冬樹とケロロは目を丸くしながらギロロを見送った。



「痩せなきゃ、こんな姿ギロロに見せられないわ」
夏美は自室でTシャツとスパッツ姿になると必死でダイエットの運動をしていた。
「もう、どうして太っちゃったのかしら?」
「いつもより間食も控えたし、ギロロと一緒に運動までしたのに…」
夏美は大きく溜息を吐いた。
「こんな姿ギロロに見られたら恥ずかしいし…」
「きっと『自己管理ができていない』って呆れるわ…」
「とにかくもっと運動して元に戻さなきゃ買ったばかりの春物ワンピだって入らなくなっちゃう」
夏美は姿見に映し出された自分に頷くと改めて運動を開始した。



「夏美、良いか?入るぞ」
「ギ、ギロ…ギロロ!」
ドアの向こうからギロロの声が聞こえ夏美は慌てた。
「ダ、ダメ!今は入ってきちゃダメよ!」
夏美は必死になってギロロの入室を拒んだ、太った我が身を見せるのはどうにも恥ずかしいらしい。
「もし手助けが必要ならいくらでも手を貸す、だからいいな?入るぞ!」
今年の夏美は体重にずいぶん気を付けていた、これ以上痩せるとなると食事まで我慢する可能性もある…
心配になったギロロは少々強引に夏美の部屋のドアを開けた。
「きゃ〜っだめぇ―――っ!」
夏美はドアを開けさせまいと押さえる為にドアに駆け寄った。


「きゃっ!」
「なつ…うわぁっ!」
夏美がドアを押さえる前にギロロによってドアが開き勢いのついた夏美はその場に転んだ。

「あいたたた…あれ、ギロロは?」
身体を起こそうとした夏美が見つけたのは夏美の胸に押しつぶされ湯気を出しながら気を失っているギロロの姿であった。
「きゃあギロロ!ギロロ大丈夫?」
「きっとあたしの体重が増えたからだ…どうしよう、ごめんねギロロ」
胸の下にいるギロロを抱き上げると夏美は気を失っているギロロに詫びた。


「下敷きになってもTシャツには張り付かなかったでありますな」
その声に夏美がドアの外を見るとケロロが大笑いしている。
「ぼ〜け〜が〜え〜る〜何が言いたいわけ!」
ケロロの態度に腹を立てた夏美の声が怒りのこもったものに変わる。
「ひいっ!」
その様子に恐怖を覚えたケロロはすぐ横にいた冬樹の陰に隠れた。
「冬樹まで何の様なの?」
冬樹まで来ていたことに夏美の機嫌は悪くなる一方だ。
だがそんな夏美を気にすることなく冬樹は持ってきたヘルスメーターを夏美に見せた。
「姉ちゃんこの体重計壊れてるよ」
「えっ?うそ?」
冬樹の言葉に夏美は目を丸くすると改めて体重計を見つめた。
「ほらね、適当な数字が出ちゃうみたいなんだ」
冬樹の言うとおり体重計は指で押すとその都度いい加減な数値を示している。
「じゃ、じゃああたしの体重は?」



「ただいま〜」
その時一階玄関の方から秋の声が聞こえた、どうやら仕事が終わって帰宅したらしい。
「どうしたの?みんな」
何やら二階が賑やかだったので秋はそのまま階段を上がって来たらしい。
やがて冬樹の持つヘルスメーターを見つけると買い物袋から新しいヘルスメーターを取り出した。
「ママ、どうしたの?その体重計」
「昨日うちの体重計が壊れてるのに気が付いたんで買ってきたのよ、体重計は必需品ですものね」
目を丸くする夏美に秋は笑顔を見せた。

「壊れてたんだ…よかった」
「ママ、ちょっと借りてもいい?」
「いいわよ」
夏美のTシャツとスパッツ姿にすべてを理解した秋は夏美にヘルスメーターを手渡した。
部屋の奥に戻ってみんなに見られないようにすると夏美は体重計に乗った。
「よかった〜増えてないわ…むしろちょっとだけ減ってるかも」
結局夏美の体重は増えていなかったのである、むしろ部活の助っ人を終了した後なので僅かではあるが減っていたのだ。
どうやら体重計の数字が増えていた為、鏡に映しだされる自分の姿もふっくらしているように見えたらしい
思い込みとは恐ろしいものである、夏美は安堵の息を吐いた。


「むむ…」
失神していたギロロが目を覚ました、夏美は体重の事をギロロに笑って報告した。
「ギロロぉ、増えてなかった…増えてなかったよ」
「おおそうか、そうだと思ったんだ」
気を失っていた為、いまいち状況の掴めないギロロだったが嬉しそうに手を握ってくる夏美につられて笑顔で頷いた。


「え〜、コホン」
ケロロはそんな二人に近づくとギロロの耳元で少し大きめの声を出して尋ねた。
「ギロロく〜ん」
「さっきリビングで言ってた事なんだけど…」
「『昨日見た』とか…」
「『夏美殿の身体の線が』とか…」
「『いつもと変わっていない』ってどういう事なのかな〜?」
「どうしてそんなこと言えるのでありますかな〜」
ギロロを見てニヤニヤとしながら尋ねている。
「まるでいつも見ているような口ぶりであります…ね、冬樹殿?」
「う〜ん、僕に振らないでよ軍曹」
急にケロロから話を振られた冬樹は顔を真っ赤にしている。
「そ、それは…」
答えに困ったギロロは顔を真っ赤にしている。
「なになに?何の話し?」
二人の話しが見えない為、夏美までギロロの顔を覗き込んでいる。
「・・・・・・・・」
ギロロは顔を真っ赤にすると無言のまましばらく固まっていた。
後で冬樹から話を聞いた夏美に「余計なこと言わないでよ」と叱られたらしい…





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