冬色の宇宙(短編集)その4

□気絶するほど甘く…
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気絶するほど甘く…


このお話は恋愛中のお話です。



その日、学校から帰宅した夏美はギロロのテントを訪れていた。
これだけなら最近の夏美にとってごく当たり前の行為で日課のようなものだ。
だがそれでも今日は特別、なぜなら今日は2月14日…バレンタインデー
夏美は手作りのチョコを自分の部屋から持ち出すと急いでギロロのテントを訪れたのである。

「ギロロ、これ……」
テントの中に入ると夏美はすぐにチョコを取り出し、ギロロの前に差し出した。
「ん、これはなんだ?」
パーコレーターで淹れたコーヒーをテント内に持ち込んだギロロはテーブル代わりの箱にカップを置くと首を傾げた。
「んもう、わかってるでしょ?バレンタインのチョコよ」
「ああそうか、今日は『ばれんたいんでい』とかいうやつだったな」
もちろんギロロがバレンタインデーを忘れている訳がない。
夏美から貰えるであろうチョコをカレンダーとにらめっこしながら指折り数えて待っていたのだから……
忘れたふりをしているのはもちろん貰えた事に対する照れ隠しに過ぎない。
勿論夏美だってそんなギロロの性格はよく理解している。
夏美はわざと不機嫌そうな顔をして拗ねて見せた。
「気が付かなかったふりなんてわざとらしいわね、そうなんだ、いらないんだ?あたしの愛情がたっぷり詰まったチョコレート……」
「い、いや…そういう訳では……」
不機嫌そうな顔をして拗ねている夏美を見たギロロは慌てて首を横に振った。
「……欲しい?」
勝利を確信した夏美は横目でチラリと見ると手にしたチョコをギロロの目の前でちらつかせた。
「あ、ありがたく頂戴します…」
すっかり負け犬状態のギロロはなぜか姿勢を正すと、正座と共に両手を差し出している。

その様子がどうにも可愛らしかったのであろう、夏美は吹き出しそうになるのを手で押さえると笑顔でチョコを手渡した。
「初めから素直にそう言えばいいのよ…はい!」
「お、お、お…す、すまんな」
今年のチョコは一口サイズのハートチョコ…可愛らしい小箱いっぱいに入っている。
「すぐ食べる?」
「い、いただきます」
夏美からチョコを受け取ったギロロは箱から一粒取り出すと口に入れた。
「ねえ、今年の味はどう?」
味が気に入られるかどうか心配なのであろう、夏美は不安げにギロロの顔色を窺っている。
とは言えギロロの反応はいたっていつも通りだ。
「…甘い…相変わらず甘いな」
「…もう、ビターチョコなのにそんな筈ないでしょ?」
「甘いものは甘い」
いつもギロロは夏美の作るチョコやケーキを『甘い甘い』と言って食べる。
最初は夏美もギロロは甘いものが苦手で『甘い』を連呼するのかと思っていた。
だが何度となくチョコケーキやバレンタインのチョコをプレゼントするうちに
それがとてつもなく苦味の効いたビターチョコでもギロロは『甘い』と答える事に気付いたのである。
つまり『甘い』は味が甘いのではないという事だ。
夏美は何時も通りのギロロの言葉に安心すると次の作戦を実行することにした。


その作戦とは?
実は今年のバレンタインはもう一つプレゼントを用意していたのである。

「そんなに言うならこの夏美ちゃんの魔法でこのチョコを『想像を絶する甘さ』に変えてあげるわ」
そう言うと夏美はギロロからチョコを一粒受け取り笑顔を見せた。
「『想像を絶する甘さ』?このチョコをか?」
夏美の言葉を聞いたギロロは目を丸くしている。
この様子からもこのチョコが決して甘いチョコではないという事が分かる。
やはり『甘い』という言葉はギロロなりの照れ隠しのようだ。

「そうよ…今から魔法をかけるから少しの間だけ目を閉じてよ」
「『魔法』か…フフ…甘口のチョコにすり替えるのは無しだぞ、夏美」
「そんなせこいマネしないわよ、早く目を閉じなさいってば」
「では楽しみにするとしよう」
「口に入れてあげるからちょっとだけ口を開いて」
「こうか?」
夏美の指示に従い、ギロロは口を僅かに開けた。
「もう少し小さく」
「こうか?」
「いいわ、いくわよ」
どうやら準備が整ったようだ。
目を閉じている為、見えている訳では無いが聞こえてくる音から察するに夏美は精神統一の為か深呼吸をしているらしい。

やがて耳元で少し艶のある柔らかな囁きが聞こえてきた。
「大好きよ、ギ・ロ・ロぉ」
どうやらこれが魔法の呪文らしい。
「!!!」
呪文と同時にギロロの口にチョコらしきものが押し当てられた。
だがどうもチョコとは別の物が唇に触れている……
『これは?』
『チョコは先程と同じ苦めのチョコだが…』
『チョコとは別の物が唇に…』
『温かくやわらかな感触……ま、まさかこれは!』
ギロロはその感触に覚えがある……
驚いたギロロが閉じていた瞳を開けると僅か数ミリ先に夏美の閉じた瞳が存在した。
「うわあぁぁぁ!!!」
ギロロの意識は急速に失われていった。



ここは日向家地下にあるケロロの部屋。
ギロロに届いた本部通達をテントまで届けに行ったケロロが帰ってきた。
「おじさま、どうされたのですか?」
バレンタインのチョコを無事ケロロに渡したモアがお茶の入った湯呑を渡すとケロロは美味しそうにそれを飲み乾した。
「いや、ギロロの処に本部からの通達を渡しに行ったのでありますが奴め熱出して寝込んでいたのであります」
「お身体の具合が悪いのでしょうか?」
ケロロの言葉に慌てて救急箱を用意しようとするモアを止めるとケロロは首を横に振りながら溜息を吐いた。
「それが『甘い甘い』とうなされているのであります」
「傍にいた夏美殿の話ではバレンタインのチョコを食べて寝込んだらしいのでありますがギロロの奴、どれほど甘いチョコを食べたやら…」
身体中真っ赤にしながらうなされているギロロの姿と、その横で顔を真っ赤にして照れ笑いをしている夏美の姿を思い出し、ケロロは大きく首を傾げた。

「…でも確か夏美さんが伍長さんに用意していたチョコは……」
今年もモアはバレンタインのチョコづくりを夏美と一緒に行った。
当然ギロロの為に夏美がほろ苦ビター味のチョコを用意していた事を知っている。
モアもまた夏美がギロロに贈ったという『寝込むほど甘いチョコ』に首を傾げていた。



ちなみに意識を回復したギロロは夏美から
「ホワイトデーはギロロからの超甘いお返しよろしくね!」
と再び耳元で囁かれ、再び意識を失う事となるのだがそれはまた別のお話……





―あとがき―

2月14日はバレンタインデーです。
そこでまたも記念のSSを描かせていただく事にしました。
『甘いチョコをさらに甘くするお話を』と、描かせていただきました。

今回のお話もいつもながら大胆にもフリーとさせていただきます。
(期間限定)
もしこのお話でもいいよと言っていただける方はどうぞお持ち帰りください。

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