跡ジロ

□大切な人に気付きました
1ページ/1ページ

瞼を通して明るい光が目に入り込んで来たから目が覚めた。
普段の慈郎なら有り得ないことだ。

「やっぱり、引きずってんだ」

痛む頬に手をあてた。

「まだ、痛い」

けっこうおっきい音してたしなぁ、と慈郎は寝起きでぼーっとしている頭で考えた。

朝食を摂るために階下へ下りると母親の驚いた声。
それで食欲が失せてしまい食べないから、と伝え少し早いがリュックを背負い家を出た。


眩しい日差しに軽く目を閉じる。
瞼の裏に映るのは青い…。

「酷いことしちゃったな、オレ」

呟き俯く。

彼が嫌いなわけじゃなかった。
かと言って特別好きなわけでもなかった。
一緒にいれば楽しくて。
頭の中では恋人というより友達として認識していたのかもしれない。

彼は慈郎を大切にしてくれた。
だから慈郎もそれに応えようと思った。


(でもね、大切な人に気付いたんだ)


心から大切で好きだと思える人ができたから。

別れたいと言ったとき、酷く傷ついた顔をしていた。
ごめんと謝ったら頬を叩かれた。どころじゃない。殴られた。

でもそれでもいいと思える程愛しい人がいる。


「行きたくないな、学校」

慈郎は、彼に会うのが怖かった。合わせる顔なんてない。


それでも着いてしまうものだ。
ため息をついて校門をくぐり部室へ向かう。

まだみんな揃っていないことを願って部室のドアを開けた。


「珍しいな、慈郎が早いなんて」

いたのは跡部だけ。
彼はまだ来ていない。
慈郎はホッとしてソファーに座る跡部の隣に座った。
何かを書いている跡部の指を見ながら慈郎は話し始めた。

「別れた」

跡部の動き回っていた指が止まった。

「昨日ね、別れよって言ったんだ」
「…そうか」

小さく淡々とした返事。
慈郎はそれを気にした様子はない。

「なんでって聞かないの?」
「聞く必要はねぇ。
わかってるからな」

そっか、と慈郎も小さく答えた。

「じゃあ、オレが言いたいこともわかるよね」
「ああ」

跡部は今度はシャーペンを置いた。
慈郎が言葉を紡ぐのを待つ。


「好き、だよ」


慈郎がそう言うと跡部は優しく微笑んだ。

「遅ぇよ」
「ごめん、オレばかだから」

慈郎を一度抱きしめた跡部は言う。

「ちゃんと話せよ。あいつ、忍足と」
「うん、大丈夫」

あんなに会うのが嫌だったのに、跡部に伝えられて気持ちが落ち着いたのか大丈夫だと思えた慈郎は深呼吸をした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ