跡ジロ
□彼の人を想う
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芥川先輩は強い人だ。
俺は、俺だけじゃない。他のレギュラーだってあの人が泣いているところだとか辛そうにしているところだとか、見たことがないだろう。
自分はあまり表情を顔に出さない方だ。だから泣かなくても辛そうにしなくても誰も変に思わない。
だが芥川先輩はころころと表情を変えて人懐こい性格をしている。誰よりも感じたことを顔に出す。
それなのにどうして。
悲しみや辛さを見せないのだろう。
芥川先輩を助けて支えてくれる人はたくさんいる。なのに。
俺は芥川先輩とは話すことは少ない。
時々部長に言われて探しに行くだけの関係。
ある日、探しに行った先で芥川先輩は蝶と戯れていた。
蝶にも何か芥川先輩から感じるものがあったのだろうか、逃げなかった。
先輩は無邪気に遊んでいたが何だか悲しさを漂わせていて。
その見慣れない雰囲気に惹かれたのかもしれない。
それから俺は部長に芥川先輩を探してこいと、言われるのを楽しみに思うようになった。
今日もいつものように芥川先輩を探しに行った。
いつも先輩が眠っている場所へ向かうと案の定そこにいた。普段ならともに帰るはずだった。
一瞬、我が目を疑った。
泣いていたように感じたから。
足が止まってしまいそれに気付き先輩がこっちへ向かってくる。
「日吉」
「どうか、しましたか?」
声が、震えたことに芥川先輩が気付いていなければいい。
「日吉は、好きな人いる?」
芥川先輩の問いはいつも唐突で脈絡がない。
今日もそんな問いで。俺は答えることができなかった。
いると一言言えばいいのに、そうすればこの沈黙を破ることができるのに。
でもきっとそうすると会話は別の方へ流れてしまう。芥川先輩が何を思っているのか聞ける気がする。
「おれはね、泣いたりしちゃいけないんだ」
分からない。
どうしてこの人はこんな風に聞きたいことをあっさり教えてくれるんだ。
「おれは、強くなくちゃいけない」
そう言うと先輩は薄く笑った。
まるで自嘲するように。
「誰かを想うって、こんなに痛いんだね」
そのとき俺は理解してしまった。
芥川先輩が泣かない理由を。
あの人の隣でいつも笑っているためにこの人は。
自分の辛さ悲しい感情を。閉じ込めていたんだ。
あの人が求めるのは強い人だから。
だから芥川先輩は。
「日吉、ありがと」
その一言で自分が芥川先輩を好きなんだということを先輩は知っているんじゃないかと思った。
「早く、戻ろ」
「はい」
早く戻る。
あの人の元へ。
それはとても辛いことだ。
だから芥川先輩はこの場所で。
一人あの人を想って泣くのだ。