跡ジロ

□もう少しだけここにいて
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今日は、雨。

突然の大降りで部活は休みになった。生徒会の仕事があると言う跡部と共に帰ろうと慈郎は生徒会室のイスに座って窓の外を眺めている。
生徒会室の窓からは、グラウンドが丁度見える。その向こうに微かにテニスコートが覗く。そんな位置。
慈郎の意識はグラウンドに降り注ぎ大きな水溜まりを作っている雨に向く。
氷帝のグラウンドは水はけがいいので、明日になれば水溜まりなんて無くなってしまっているだろう。この雨が止めばの話だが。

窓の外に意識を向けている間にも、跡部の手は止まることなく書類の上を滑っている。まるで、魔法のペンでも持っているかのようにスムーズで、跡部の意思によって動いているとは思えない程に。
その隣で未だに窓の外に興味の対象を持っている慈郎は規則的に降る雨に眠気を誘われたのか、時折目を擦っている。

「慈郎、眠いなら寝てろ」

心配する跡部の言葉に対し、慈郎は一回振り返り跡部に笑顔を向けただけでまた視線を戻す。
その、心配しないで、とでも言いたげな表情に跡部は一瞬顔を顰め、書類に目を通す。

「ねぇ、跡部」
「どうした?」

しばらくして今までずっと黙っていた慈郎に突然呼びかけられ跡部は視線を慈郎に移す。

「雨って、不思議な気分になるね」

そう言い慈郎は跡部の元へと近寄った。そうすれば跡部が抱き寄せてくれることを、慈郎は知っている。
そして跡部も当然のごとく、慈郎の体を抱き寄せる。
それが、ものすごく自然な動作で、酷く慈郎を落ち着かせることを、跡部は知らない。

「雨ってさ、ザーって振ってて、洗われるよね」
「慈郎、帰ろうか?仕事なら家でもできる」

慈郎の様子に、普段と違ったものを見いだしたのか跡部は帰宅の意志を示す。だが、それに反し慈郎は首を横に振った。

「平気。いいよね。こんな雰囲気も、さ」

訳がわからない、そう言いたげな跡部の視線を受け慈郎は言葉を繋げる。

「音でさ、周りの世界ってゆーの?遮断されてる気がする。
オレたちしかいないんだよ」
「それで、お前は雨が好きなのか?」
「分かんない。でもね、この空気は好き。
跡部といられる空間は好き」

跡部はそれを聞き慈郎を抱く腕の力を強めた。今度は慈郎もそれに答えるかのように跡部の背に腕を回す。
その慈郎の体温を全身で感じ、跡部は窓の外に視線を向ける。

「慈郎、やっぱり帰ろう。車呼ぶ」
「うん。
でも待って。もうちょっとだけ」

そんな慈郎の様子に最近忙しくて構ってやれなかったことを悔やむ。
強がっていても、慈郎は人一倍寂しがり屋なことを、跡部だけが知っている。

今日は、雨に免じて慈郎の頼みを聞き届けよう。
迎えを呼ぶのはその後だ。
今は、この空間に、周りから遮断された僅か10数uの空間に、身をゆだねていたいと、慈郎と共にありたいと、痛切に願う。



ねぇ、雨って不思議でしょう?
だから、もう少しだけ、雨宿りしてもいいよね?

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