novel

□君に花束U
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「…前よりキレイになったねえ」
「ええそうでしょ、この窓、背が届かなかったから気になってたの」
「窓じゃないよ、あんたのことさソフィー」
「えっ?」
振り向くと勘のいい元魔女はゆらゆらと揺り椅子を揺らしながら、紅茶を飲んでいる。
「…恋は女をキレイにするからねぇ。少女を大人にもね」
バチンとソフィーにウインクして、ほっほっほと笑う。
「やだ、おばあちゃん、そ、そんなことないわよ。いつもの私よ」
「それならそれでいいけどねぇ?」
「…おばあちゃんたら…」
こんなに顔を赤くして、わかりやすいもんだと元魔女は大人(かなりの)の余裕で微笑ましく思っていた。
ソフィーのこれまでを知っているから、自分がソフィーにしたことも、ソフィーがこんな自分を大切な家族の一員として注いでくれている温かい気持ちもわかっているから、ソフィーには幸せになって欲しいと心から思う。
「…なのに肝心のあの男がまだあんなまどろっこしいものをプレゼントしてるんだからね」
小声でぶつくさ独り言を言う。
「えっなあに?」
「なんでもないよ」
「そう?」
ソフィーはまた窓を拭き始めた。
その左手首にはキラリと繊細なブレスレットが光っている。
「はあ。あんなものじゃなくて、早くもっと頑丈な輪っかを薬指にはめてやんなっていうもんだよ」
さらなるぶつくさは、掃除に夢中のソフィーには全く聞こえていないらしい。
「…まあ、あたしもそれがあの子の指にはまるまでは見届けたいねえ…」
…そう遠くないとは思うけどね。
くるくるとよく働くソフィーを見ながら、元魔女はゆっくり紅茶を口に運んだ。


「ハウル、遅いわね…」
マルクルもおばあちゃんも寝てしまい、暖炉の部屋に一人、誰に話しかけるでもなくつぶやくと、もう一人いるぞとばかりに火の悪魔が答えた。
「今までさぼってた分のツケがどかんときてるんじゃないのか?自業自得だよ」
「カルシファーったら厳しいわね…」
夜中分の薪を届くところに足してやりながら扉を見るが、ピクリとも動きそうにない。
「…先にお風呂に入っちゃおうかな。カルシファー、お湯お願いできる?」
「まかせとけ〜」
張り切ってお湯を送るカルシファーを確認して、ソフィーはバスルームへ階段を上っていった。

今日は掃除もお花集めもいろいろ動いたからゆっくりお湯につかりたいな…などと思いながら、ソフィーはバスタブに身を沈めた。
カルシファーが気を利かせて乳白色の温泉のお湯に本物の花びらを浮かべてくれたらしい。
ふんわりと花の香りのする熱めのお湯が心地よかった。
遊ぶようにちらほらと浮かぶ花びらを両手ですくう。
ふと花びらが胸元にくっついている…と取ろうとした。

が。

それは花びらではなくて。
(…これって…ゆうべの…?)
ハウルがソフィーの肌に残した跡。
愛されて所有された印。
やや薄くなっているものの、よく見れば体のあちこちに花びらが散っている。
今朝はなんだかぼんやりして気付かなかったし、服を着れば全く見えないからわからなかった。
ハウルの唇をそこに感じる気がして、誰が見ているわけでもないのに、胸を両手で隠して首までお湯に沈んだ。

「…こんなの…ずるいわ…」

私にだけこんな印を残して。
私ばかりがあなたがいない間、あなたを思い出してるみたい。
そうさせる痕跡を残していくなんて。
こんなに人をどきどきさせて。

私がこんなにどきどきするほど、あなたは私にどきどきしてくれてるの?

好きになればなるほど、もっと知りたくなって、もっと…欲しくなって。

恋ってどうしてこんなにも人を贅沢ものにするのかしらとぐるぐる考えてしまった。
すっかり顔も体もほてっていて、熱い。
…寝不足なのにちょっと熱いお湯につかりすぎたかも…もうあがらなきゃ…と立とうとした時、くらりと眩暈がした。
やだ…湯あたりしちゃった…と思ったが、なんだかもうのぼせて手足にチカラが入らない。
とにかくお湯からあがらなきゃと思うのに頭も体も重くて動けない…。
バスタブの縁に体をなんとか体をもたせかけて…そこでソフィーは意識を手放した。
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