novel

□続・幸せは向日葵の向こうに
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「…マルクルが大事にしてて、あんたが心を込めて手作りする料理を入れるものだから、ハウルも自分の手で直したかったんだろうさ」
おばあちゃんはさらりとそう言うけれど。
本当にそうだとしたら…なんだかそれだけのことが、とても…とても、嬉しい。

「あんたと会って、ハウルは変わったよ」
元荒地の魔女は夜空を見上げながら、淡々と語った。
「…生きる意味も死ぬ意味も持てずに、ただ過ぎていく日々を魔法と遊んで、魔力に溺れて、戦争さえ暇つぶしでしかなかったハウルに、ソフィーが生きる意味≠与えたんだよ」
「…生きる…意味…」
老婆から発せられたその言葉を自ら繰り返したとき、はっとした。

生きる意味=cそれはソフィーこそ求めていたものではなかっただろうか?
毎日、帽子屋の作業場で繰り返す日々に、変わらない窓の景色に、生きる意味さえわからなかった。
こうして同じ毎日が過ぎていくのをただ受け入れる自分に辟易しながら、それでも殻を破るだけの勇気もでなくて。
奔放なレティーに憧れに近いものを抱きながら、そんなふうに生きられない、踏み出せない自分にも、嫌気がさしていた。

なのに。

いやだとも言えずに。
ただ無意味に毎日が過ぎていて。
このまま本当の恋も幸せも知らずにただ歳を重ねていくのかと思っていた。
どうにもならない今をどうしたいのかもわからずに。
『自分』という檻に捕われて。

そんな時。

ハウルの、蒼い瞳をのぞきこんでしまって。
あなたの魔法にかかってしまって。
90歳の姿になってしまったのはほんのきっかけ。
すべてはハウルとの出会いから、ハウルに恋したことから、自分の生きる意味≠ェ舞い降りてきて。
…幸せが舞い降りてきて。
世界は、鮮やかにその色を変えた。

「…おばあちゃん、私…」

「あんたもね、あの帽子屋でであった時とは別人さ。…あたしもだけど」
おばあちゃんは、ひょいと眉をあげて笑うと、自分の家へ歩き出した。
ソフィーはあわてて声をかけた。
「おばあちゃん、ありがとう…」
元魔女は言葉を返さず、振り返らずに、持っている杖を2、3度振って応えた。
…自分が発した言葉に照れているかのように。

おばあちゃんの姿が見えなくなると、ソフィーはうちに入ろうとして、店先に置いた向日葵が目に入った。
夜の薄明かりの中でも鮮やかな黄色がまぶしいほど。
そんな向日葵を一つ手に取った。
くるくると茎を回すと、黄色い花びらが踊るように回る。

こんなふうに。
突然、ひょいと、運命≠フ手の中に取りあげられたみたいに、ハウルとソフィーの運命の輪が回り始めて。
この向日葵の花びらの数のように、たくさんの生きる意味を与えてくれた。

暖かい明かりがともる我が家≠ヨ入ると、ハウルが暖炉の前の長椅子に座っている。
「よし、完成」
120%完璧ではないけれど、ほとんど元の通りに直っているランチボックスをカルシファーに自慢している。

あなたがくれた私の生きる意味。

そして。

誰かを…愛する歓び。

「ソフィー、ほらこれで大丈夫だよ」
入ってきたソフィーに気づいて、できあがったランチボックスを見せる。

その声も。
瞳も。
腕も。
指も。
髪の一本さえ。
…こんなにも愛しい。

ああ、どうしよう…
…ハウルに抱きついちゃいたい…。

思うと同時に足が動いていた。

「これで明日も…って!…」
長椅子に座っているハウルに駆け寄って、首に腕を回して抱きついた。
持っていた向日葵の花びらが床に舞う。
目を閉じて、ただハウルを抱きしめた。
気持ちがあふれるから。

「ソフィー?どうし…」
「カルシファー」
ハウルの言葉に答えずに、抱きついたまま後ろの暖炉にいるだろうカルシファーに頼む。
「な、なんだ?」
カルシファーも急に水を向けられて、なにがなんだかわからずに聞き返した。
「…ちょっと散歩に行ってきて」
「げっ」
「…お願い。雨、降らないから」
カルシファーとて、居心地のいい暖炉からそうそう離れたいわけではないが、ちょっとこれはマルクルを見習って時と場合≠察するべき…と思わざるをえない。
「へーへー。明日、卵まるごとな」
「うん」
カルシファーはしぶしぶ窓から飛んでいった。
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