novel

□続・幸せは向日葵の向こうに
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マルクルが初めて学校に行ったその夜。

ささやかながら、お祝いのパーティが開かれた。
今は近くの別の家で暮らすおばあちゃんも招いて、ソフィーの料理やケーキで、マルクルの学校デビューをお祝いすることになったのだ。

学校からの帰り道、いろいろあったけれど、マルクルは「学校」自体は気に入ったようで、今日あったこと、先生のこと、校舎のこと、お弁当がおいしかったことなどを興奮ぎみに話している。

「それからね、その先生がくるっと振り返ったんだよね」
食事もひととおり済んで、みんなでお茶を飲んでいた。
暖炉の前の長椅子にはハウルとマルクル足元にヒン、窓際の小さなテーブルに揺り椅子を近づけておばあちゃんとソフィーが女同士で座っていた。

「そしたらさ、なんだか先生の髪が変なの」
「変って?」
「なんか…ずれてるんだよね!」
マルクルは子供らしくはしゃいでたくさん話をしていた。
カルシファーが合いの手を入れ、笑いながら聞いている。

その様子や楽しそうに「女同士の話」をするソフィーを眺めていたハウルの目に、ふとキッチンに置いたマルクルのランチボックスが映った。
先刻、悪ガキに蹴られて、へこんでしまっている。

ハウルはすっと立つとそのランチボックスを手にした。
おもむろにごそごそと引出から工具を取り出すと、トントンとそれを直しにかかった。
「ハウルさん、それ…」
その音に気付いてマルクルが近寄った。
「うん、へこんじゃってるから直すね」
「直りますか?」
「平気だよ、このくらいなら。それとも新しいのにするかい?」
マルクルはぶんぶんと思い切り首をふった。
ソフィーが一緒に買ってくれて初めてのお弁当を入れて行った大事な大事なもの。
いくら新しいのがあっても何にもかえがたいもので。
直るならこれほど嬉しいことはなかった。
ハウルの手が意外に器用に地道に直していくのをマルクルはそばでずっと見ていた。

「…あの子もやっと子供らしくなったね」
おばあちゃんがゆっくり紅茶を口に運びながら言った。
ハウルとマルクルがダイニングテーブルでランチボックスを直しているのを眺めながら、にっこりとほほ笑む。
ソフィーも紅茶のカップを両手で包むようにしながらそれに答える。
「学校、まだいろいろあると思うの…。ほんとは不安もあるんだろうけど…」
「いやいや、子供なんて、そうやってもまれながら大きくなるんだよ。あの子はしっかりしてるから大丈夫さ」
「…うんそうね。私って心配しすぎるみたいで」
「ま、それがあんたのいいとこさ。…さて、あたしはそろそろ寝に帰るかね」
「おばあちゃん、今日は泊まっていけばいいのに」
「歩いて1分のとこになんで泊まれるのさ。それに明日は朝早いんだよ」
「なにかあるの?」
「あんたも野暮だねえ〜」
「…まあ」
おばあちゃんはどっこらしょと立ち上がり、杖をつかんだ。
一人暮らしをするようになって、おばあちゃんはいくぶんしゃんとしている気がする。
「占いの館」が人気だからか、野暮≠ネ彼氏でもできたのか…?


おばあちゃんの帰り支度に気が付いて、マルクルがたたたと近づいた。
「おばあちゃんもう帰るの?」
「またくるさ」
「絶対だよ」
そう返すマルクルが大あくびをした。
「あらマルクル、もう眠いんじゃない?明日も学校あるんだから、もう寝なさい」
ソフィーがかがんでそう諭す。
「うん…でも…」
マルクルはハウルの修理作業が気になるらしい。
「大丈夫、もうすぐ直るから。明日遅刻はいやだろ?」
ハウルが明るく言ったので、マルクルも納得したらしい。
「じゃあおばあちゃんおやすみ…」
「はいよ、おやすみ」

マルクルが部屋に行ったのを確かめて、ソフィーは店先までおばあちゃんを見送りに出てきた。

空は満点の星空だった。
初夏に入り始めた夜の空気は、こんな街中でも澄んでいて、星がきれいに見えている。
夜空の色が、ハウルの髪の色を思わせた。
「…ハウルも変わったね」
「え?」
おばあちゃんが夜空を見上げながらつぶやいた。
「昔のハウルなら、魔法でさっさと直してただろうよ」
おばあちゃんが言っているのは、ハウルが自分の手で直しているマルクルのランチボックスのこと…。
「…魔法で直すことができたの?」
「瞬きする間だね」
ソフィーはそうなのか、と改めて思った。
魔法で直してしまったら簡単だったはず。
なのにどうして?
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