novel

□薔薇の名前
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…最近のソフィーは日に日に綺麗になっていく。
さなぎが蝶になるように、薔薇が少しずつ花開くように。
特に結婚が決まってからは、キラキラと笑顔から光がこぼれるようで。

花屋の客に男が多くなったようなのは気のせいではないと思う。
明らかにソフィー目当ての馬鹿男たち。
ふん、残念だが彼女は僕のものだ。
ソフィーの笑顔も、声も、心も。
もちろん、カラダも。

…だめだ。
また思い出してしまう。
僕にしか見せない、僕だけが知っている、彼女の姿。

結婚式まであと10日。

実は式の二週間前からいわゆる「キヨラカな関係」ということをしている。

ソフィーには、キスまででそれ以上のことはしない。
別にソフィーがそうしたいと言ったわけではない。
ただ、僕たちは恋が始まる時にはもう一緒に暮らしていたわけで。
いろんな順序というものをすっ飛ばしたわけで。
そんな恋もある、形なんてどうでもいいし、今、僕たちが愛し合ってるってことが大切だということもわかってるが。
でも、ソフィーも普通に両親の揃った家で暮らしていたなら、両親に見守られて、嫁ぐその日まで大切にされていたのだろうと思うと、そういう「順序」的なものも、女性にとっては必要なものなのではいかと考えてしまう。

今、ソフィーにはもう「実家」というものも、送り出してくれる両親もいないのだ。
愛する人に嫁ぐ日を指折り数えながら、両親と「娘」として過ごす短い日々というのは、かけがえのないものなんじゃないだろうか。
実家やご両親を用意することはできないけれど、せめて結婚するその日まで、キヨラカな関係でいることは、結ばれる日を待つ気持ちや嫁ぐ日に胸を高鳴らせる気持ちを少しでも感じることはできるかもしれない。
…まあ、今更と言われれば反論できないが。

これは彼女をこの世界に生んでくれたご両親への感謝と誓いの気持ちでもある。

…のわりには短い期間かもしれないが、これ以上は自分が耐えられそうにない。
ソフィーにもいらぬ気を遣わせたくないから言っていないし。

とはいえ、どんどん綺麗になっていくソフィーを見ていると…どうにかなりそうだ。
ほら、また男の客だ。
そんな無防備な笑顔を向けて。
客と店主にしては近いだろう、その距離は。
あっ!今、手が触れなかったか?!


「…ハウルさん。そうやって窓からお客さんをにらみつけるの、やめてくださいよ。営業妨害です」
マルクルはやれやれといった顔で部屋に入って来た。
窓にかじりついてソフィーを見ていたハウルが振り返る。
「あんな男、ヒキガエルにしてやってもいいくらいなのに耐えてるんだ。にらむくらい許してくれ」
「ソフィーは気付いてないけど、さっきのお客さん怯えて帰っちゃったじゃないですか。もう少し買ってくれそうだったのにー」
マルクルはふくれて持っていたバケツをドンと床に置いた。
「マルクル、これが恋の病っていうんだよ。ちょいと重症の上に歪んでるけどね、後学のために覚えておおき」
朝から悶々としたオーラを発するハウルがさも迷惑だと言わんばかりに荒地の元魔女が揺り椅子から声をかけた。
「えぇー?僕、絶対にお師匠さまのようにはならないよー」
マルクルはすかさず宣言する。
「カルシファー、どうだいこの弟子の言い草は。これが耐える師匠に対する言葉かい?」
「あー?自業自得だろ?別にソフィーが浮気したわけじゃないんだし」
カルシファーは半ば呆れているようだ。
「当たり前じゃないか、ソフィーが浮気なんて思ってないさ。ただ、ソフィーは無防備すぎるんだ」
「えー?ソフィーはいつもあんな感じだよねえ、おばあちゃん?」
「そうだね、ありゃいつもの営業スマイルだね」
その営業スマイルさえ、ド勘違いしている馬鹿男がたかってきてるんだ。
全くいまいましい。
「あんなのにいちいち嫉妬してたらやってられな……ちょっとハウル!」
恋の大先輩の助言を最後まで聞かずに、次の「馬鹿男客」を見たハウルは耐え切れずに飛び出していた。
「やれやれ…」
ため息は三人から揃って漏れた。


***

…最近のハウルはちょっとおかしい。
最近といってもここ4、5日なのだけれど。
何がおかしいって…その、あの、なんだか触れてこないのだ。
それまでは二日と空けず、いわゆる「仲良く」していたのに。
避けられている、わけではないと思う。
キスもするし、触れてもくるのだけど、キスは本当に軽いキスで、先に進むようなものではなく、触れてもエスコートの範囲というか「紳士的」なのだ。
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