花魁 ― おいらん ―
□出逢
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「お世話になりました。」
雪がチラつく冬空の下、そう言ってマンションを去っていく一人の若い男。
そしてその姿を見送り溜め息をつくのは、このマンションの大家である男、山村アツシ37歳。
薄く生やした髭、目力のある少し垂れた目、逞しい身体・・・アツシの醸し出す大人でワイルドな雰囲気はもちろんのこと、何よりも人間関係を大事にするアツシはとても魅力的である。
納得のいかない表情をして、アツシは自分の部屋である101号室へと戻っていった。
「また寂しくなりますねー」
コーヒーを片手にテレビを見ながらそう言ったのは、102号室に住んでいる建築デザイナーの岡部リョウ35歳。
このマンションをデザインした張本人で、他にも様々な建築物のデザインを手がけている。
黒縁メガネが似合うリョウは、いつも落ち着いており「知的」という言葉がよく似合う、気配りを忘れない男だ。
「また俺たちは負け組っすね」
ソファに胡坐をかいて座ってくつろいでいるのは、調理専門学校に通っている103号室の池上ヒロト22歳。
無造作な黒髪、切れ長の黒い瞳、薄い唇はいつも真一文字のまま。このマンションの住人の中で最も冷静な男だが、動物が大好きという意外な一面もある。
ア「おいリョウとヒロト、なんでお前らが俺の部屋にいんだよ!」
ヒ「今日の夜からみんなで鍋やるぞって言ったのはアツシさんじゃないっすか。」
ヒロトは無表情でそう言った。
リ「そうそう、だから俺たちは準備でも手伝ってやろうかと思って来てんのに」
続けてリョウが笑って言う。
ア「だからってまだ夕方にもなっちゃいねぇぞ。・・・ったく、んならくつろいでねぇでさっさと買出し行って来いよ!」
リ「自腹じゃないですよね?」
ア「男らしく割り勘な」
アツシはにやりと笑う。
リョウは笑いながら空のマグカップを流しに置き、ヒロトを連れて部屋を出て行った。
「あれ、リョウさんとヒロトさん。」
道端でリョウとヒロトの姿を見て爽やかな笑顔を見せた高校生は、104号室に住んでいる星ユウスケ17歳。
地毛の明るい茶髪、大きな目、スマートでまさに好青年と呼ばれるにふさわしいユウスケ。
バンドを組んでおり、歌という夢を追っている、マンションの中で最年少の住人である。
リ「バイト帰りか?」
ユ「はい。二人はどこ行くんですか?」
ヒ「お前も聞いてるだろ?夜にアツシさんの部屋で鍋やるって」
ユ「あぁ!そういえばそうですね!買出しなら俺も行きましょうか?」
リ「俺たちで十分だから、少し寝て、夜の騒ぎに備えときな?」
リョウが笑って言うと、ユウスケは少し引きつった笑みを浮かべながら二人と別れた。
ユウスケは着替えてからアツシの部屋に入っていった。
ユ「アツシさん?俺も何か手伝いますよー」
ア「おう、お帰りユウスケ。お前はとりあえず…まだ寝てるマサキを起こして来い!」
ユ「え、いや、それ意外で…」
キッチンの方からの返事にユウスケは焦り出す。
ア「俺は今鍋を探すのに忙しいんだ。だから暇なお前が行って来い!」
ユ「・・・了解っす。」
ユウスケは重い足取りで105号室のドアを開けた。
中に入ると案の定うるさいいびきが聞こえてきた。
ユ「うっわ、どんだけ酒飲んでんすかマサキさん・・・」
アルコールの匂いと散らかる缶や瓶に顔を顰めながら、この部屋の主である男の下へ足を進めた。
ユ「マサキさーん!おきてください!!」
布団を乱暴に剥ぎ取り、金髪頭を一度平手で叩いた。
「いって・・・んだよ、ユウスケかよ、チッ」
乱れた金髪をガシガシとかきながらゆっくり身体を起こしたのは、105号室に住んでいる武田マサキ24歳。
ホストをしており、店では上位に入る男。酒癖が悪く、言葉遣いがオネェ系になる。人を喜ばせたり楽しませたりするのが好きなムードメーカー的存在である。
ユ「ほら、風呂入って着替えて。アツシさんの部屋で鍋やるんですから」
マ「えー俺しょうゆ味がいいー」
マサキの寝起きは酷いもので、よく訳の分からないことを言い出す。
ユ「ほらさっさと支度して!買出し班もすぐ帰ってきちゃいますよー」
まるで弟の世話をしている気分のユウスケをよそに、マサキはのそのそと風呂場へ消えていった。
ユウスケは床に落ちていたビールの缶を片付け、一度自分の部屋へと戻っていった。