人を恋ふ。

□03
1ページ/1ページ


敷いて貰った茵へ彼を寝かせると、その茵が小さく見えた。彼は案外大きい人のようだ。私にとっては大きすぎる茵も、彼には窮屈そうにも見える。


「この御方、は?」


言外に何方かと呟いた付き人の声が、小さく響く。私はただ、頭を振るだけだった。その問いに対する答えを、私も持ち合わせていなかった。

明らかに異国の服装。酷く珍しいすすき色の髪。そして何より、庭に横たわっていた、という事。どう考えても、徒人では無かった。


「…ん、」


その時。沈黙の中で、小さく身動ぐ音が聞こえた。私達の視線が、彼に向けられる。長い睫に縁取られた瞳が、ゆっくりと開いた。


「…此処、は…どこや?」


聞こえた声は、美しい微低音だった。しかも関西の訛りだろう。では、彼は西の出身なのだろうか。

ふらふらと宙を漂った栗色が私を捉えて、固まった。否、どちらかといえば見開いた、だろうか。そのまま微動だにせず、私を見つめている。少しだけ、頬の血色が良くなったように見えた。


「…あの、」


意を決して。戸惑いがちに声を掛ければ、彼の肩が小さく跳ねた。次いで、泳ぐ瞳。


「貴方様は、どなたでしょうか?」


これはきっと、互いに感じている疑問なのだろう。彼が酷く動揺しているように感じた。ゆらり、と動いた栗色は。部屋中を見渡して、再び此方へ戻った。その瞳は、不安の色を隠さない。


「…嘘、やろ」


信じられへん、と。独り言のように、彼が呟いた。この暫くの時間で、彼はこの状況の答えを導き出したのだろうか。それにしても声色までが、頼り無さげに揺れている。



なんとなく。この人とは長い付き合いに成るような、そんな気がした。妙な高揚の中、彼が困ったように口を開いた。






***
徒人(ただびと):普通の人の事

20121006

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ