とうらぶ


□大倶利伽羅は文系である。2
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あの日から数日がたった。それまでと代わりなく、日々が過ぎていく。本当に審神者との関係も変わらず、まさか忘れられているのではないかと思うほどだ。そんなことないとは思うが。

昼餉の後、内番のために鍛錬場で木刀を握る。真剣のままでもいいのだが、万が一にでも怪我をすると資材を無駄に消費してしまうので各々竹刀や木刀で代用している。
今回の相手は光忠だった。あいつの打撃は重いが、瞬発力は劣る。しかしそれでいても太刀である。 最近顕現されたばかりであるが、一撃一撃は充分戦で通用するものだった。俺の方が長くこの本丸にいるため、"愉しい"稽古が出来ている。

「ねぇ倶利伽羅…っ」
「…なんだ」

言葉を交わしつつも、互いに打ち合うことは忘れない。先程よりも調子が出てきたのだろう。大きく横一文字に切られた木刀が、頭の上を掠った。素早く屈んでいなし、低い姿勢のままその胴を狙う。国永ではないが、がら空きだ。

それに気づいたのだろう。縦に構えられた木刀が間一髪で間に入る。鈍い音がした。「ぐっ、」と光忠が唸る。瞬発力に劣る彼にしては、いい動きだ。衝撃を吸収した腕が、力任せに木刀を弾こうとしているのを感じ、後ろへ飛んだ。間合いを取る。滴る汗が邪魔くさいが、気分が昂っているのは自覚していた。

互いに肩で息を整える。相手を見据える眼差しは緩んではいない。本気なのだ。ぞくりとした高揚感は口元を緩ませる。

「主と、どうなのさ」

落ち着いた呼吸になった頃、光忠が問うた。なにを、と聞かずとも理解出来た。どう、とは。むしろこちらが聞きたいものだ。

しかし何故か焦る気持ちはなかった。確信がある訳では無いが、色いい返事がくると。本能が告げていた。だからこそ、落ち着いて待つことが出来る。元より気は長いほうだ。長期戦は得意である。

「返歌待ち、だな」
「へぇー、随分雅なやり方したんだね」

政宗公みたい。なんて。小さく吹き出した光忠に、苦虫を噛み潰す。あいつほどじゃないだろう…。あいつは色男ではあったが、少しばかり色が過ぎた。歳を重ねる毎にそれは落ち着いてきたが。

「どうでもいいだろ…」
「で?」

途端、隻眼をニヤニヤと細めた伊達男が愉快そうに言葉を発した。眉を顰める。こいつのこの笑顔に、嫌な予感を察知した。

「どんな歌で告白したの?」

ブチン。何かが切れる音がした。俺は気は長いほうだが、沸点は低いようだ。昔馴染だからこそ、その遠慮のないニヤついた顔が気に食わない。

本気の構えであいつの前まで走る。驚いた顔をしている光忠を見据え、木刀を振り上げる振りをして一一一、両足を払った。不意を突かれた光忠が隻眼を大きく見開く。崩れていく光忠の顔の真隣に、木刀を突き立てた。それなりに大きな音が響いて、床がめり込む。光忠の隠されていない目の傍に突き立てたのは、わざとだ。

荒い息だけがこだましている。大きなため息をついた光忠は、降参というように両手を上げた。その顔は清々しいほど笑顔だ。俺でもわかる、刀として満足な試合だったのだろう。伊達男には珍しく、乱れた髪も吹き出した汗もそのままだ。

木刀を引き抜いて、光忠に手を伸ばす。こいつを起き上がらせるのは一苦労だ。それを分かっているからか、もう片手で己を支えながら起き上がった光忠は、乱れた髪を撫で付けた。

「あー、悔しいー!」
「油断するからだ」
「だって、聞きたかったんだもん」

大の男がだもんとか言うな。とは、心でつぶやくに留まった。木刀を片付けて、2人で廊下を歩く。気色の悪い事を言うやつを置いていこうと思ったが、向かう部屋はどうせ同じなのだ。無駄だろう。
「…馬に蹴られるぞ」


障子を開けて、先に部屋に入る。後ろから「龍の間違いじゃないの…?」などと聞こえてきたが無視だ。文机の横に腰掛けて、ふと見知らぬ紙が置いてある事に気く。三つ折りにされた、和紙。それなりに上等な物だろう。しかしこれは俺の物ではないし、ましてや光忠のものでもなさそうだ。(光忠はあまりこうしたものに興味がない)

それに。その和紙から仄かに香る匂いに、覚えがあった。この本丸唯一の女であり、長。間違いなくこれは、彼女の芳香である。匂い、というより気、といった方がいいかもしれない。俺達には、主の霊気が嗅覚のような、第六感で察知出来るのだ。

「なにそれ、主から?」

後ろで武装を外している光忠が、こちらへ隻眼を向ける。あいつにもこの和紙から気が伝わったのだろう。部隊編成や内番に至るすべての連絡事項を朝餉の時に伝える彼女は、こうした連絡手段は取らない。だとしたら、これは。

かさりと和紙が音を立てて開かれる。慎重に。しかし、性急に。中には、たった1つの和歌だけが添えられていた。刹那、心の臓を握られたように、時が止まった。


恋しくは 来ても見よかし ちはやぶる 神のいさむる 道ならなくに


あいつは、分かっているのだろうか。わかっていて、この歌を選んだと言うのだろうか。だとしたら、なんと質の悪い。

その勢いのまま立ち上がって、彼女の部屋へと向かった。和紙は持ったまま。ただただ今すぐに会いたい衝動のまま、足を動かしていた。廊下がぎしぎしと鳴る。

なんの断りもなしに、その部屋の障子を開け放てば、ひどく驚いた様子の彼女は。俺の手にある和紙を見つけて、その瞳をより一層見開く。資料に目を通して居たのだろう。手に持たれていた和紙が、重力のまま床に落ちる。それに気付かないほど彼女は固まっていた。その頬が赤い事は、更に俺の息を乱した。

「これは、」

和紙を突きつけて、その文字を晒す。『恋しくは 来ても見よかし ちはやぶる 神のいさむる 道ならなくに』恋しいのならばこちらにおいでなさい。この恋は、神様が禁止なさるものでもないでしょう?


伊勢物語の、和歌だ。これは男が女にあてた和歌ではあるが、立場としては今の俺達に相応しいだろう。

俺は、迷っていた。主従という関係だけではない。付喪神と人間という、まさに禁忌に等しい恋路は。決して楽ではないだろう。俺と交わる事で、こいつを人間ではなくしてしまう可能性を孕んでいる。人の一生を、考えなくてはいけないのだ。

こいつを、俺達のような不確かな存在の眷属に引き入れたいとは思わなかった。だからこそ、出来る限り隠していたというのに。
歌仙と楽しげに話す彼女を、見ていられなかった。和歌は好きだ。美しいとも思う。しかし、伊達政宗の影響で知識があっただけで、進んで語るような積極性はなかったはずなのに。どうしても、共通の話題に下心をのせて入り込んでしまったのだ。

それ以降、この気持ちは膨らむばかりだった。近侍として傍に控えている間も、伝えたくて伝えたくて、堪らなかった。だからあんな暴挙に出たというのに。あんたが、少しだけこちらに傾いていると解ってて、そうしたと言うのに。

「私の、気持ちです」

告げられた言葉に、くらくらした。

「俺が付喪神だと、分かっているのか…」
「分かってるよ」
「あんたが人間だと、分かっているのか…っ」
「分かってる」

堪らなかった。神のいさむる道ならなくに、とは。俺に向けられている言葉なのだろう。神と人間だからといって、諌められる道ではないと、言うのか。俺の苦悩をわかっていて、あえてこの歌を選んだと言うのか。


嗚呼、完敗だ。

小さな肩を抱き寄せて、その首筋に顔を埋める。心地いい芳香は、俺の乱れた心を諌めているようだ。そろそろと、俺の背に腕が回る。なんたる充実感。今まで悩んでいた事が馬鹿らしいほどだ。

そこに言葉は要らなかった。ただただお互いに、力を込めて互いを掻き抱く。溢れ出る想いは、本物だろう。

「俺の名にかけて、誓おう」

神としての己の名に誓いをたてる。
このぬくもりを、決して離しはしないと。



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