とうらぶ


□大倶利伽羅は文系である。1
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親に似るように、刀剣男士も、審神者に似てくるのだろう。個体差と呼ばれる各々の特徴が環境で決まるように、私の本丸でも他とは違う点がある。例えば初期刀の国広は布を被っていなかったりするし、鶴丸も他の本丸ほど驚きを求めてイタズラをしたりしない。

同じように。我が本丸の大倶利伽羅は、歌仙に負けず劣らずの文系である。


伊達政宗の元で育った彼は、案外教養が深い。お茶や料理、知識に至るその全てが美しい振る舞いでこなされていた。ここら辺は多分、持ち主の影響が大きいのだろう。そして、かの政宗公が嗜んでいたように、大倶利伽羅もまた和歌に明るかった。

私自身、2200年生まれにも関わらず和歌が好きだった。万葉集はもちろん、百人一首や源氏物語など様々な古文を愛読している。
だからこそ、初めは歌仙と二人、よく歌合や和歌談義をしていた。

「枕詞は非常に美しいね」
「『ちはやふる』、とか?」
「ああ…いいねえ、」

「唐紅にはまだ早いんじゃないのか」

しみじみと呟いた歌仙とは違う、少し低めの声に二人して振り向いた。そこには大倶利伽羅が立っていて、内番帰りなのだろう。ジャージ姿の彼は、うっすらと浮かんだ汗を拭っている所だった。

私達は、ひどく驚いた。馴れ合いを良しとしない彼が、私達の会話にまさか介入してくるとは思わなかったし。なによりも、和歌の知識があるようにも思わなかった。
いや、平安に生まれた彼ならば、当然知っているかもしれないが、どちらかと言えば興味無い分野だと思っていたからだ。

「そうだねぇ…まだ春も始まったばかりだ」

歌仙が、見開いた目を柔らかく細めて呟く。その声は少し楽しげだ。柔らかい笑みのままに、庭を見据えている。

「なら『冬ごもり』が妥当だろうな」
「良いねえ…王仁(わに)が僕は好きだよ」
「『難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花』か…梅が無いのが惜しいな」

そうぼやいて大倶利伽羅は庭を見た。そこには春の鮮やかな花が咲いているが、桜はあれど梅はここからは見えない位置にある。あれは匂いが強すぎるのだ。ここから少し歩いた垣根の傍に、梅は咲き誇っているはずだ。

それにしても、だ。王仁と歌仙が言っただけでその歌をぴたりとあてる大倶利伽羅の実力に私は驚いた。しかも花が梅であることは、平安ならば常であるが、古今和歌集の古い注約を知らなければ、その返答は出てこないだろう。彼はもしかしたら、政宗公に連れ添って、それをリアルタイムで読んでいたのかもしれない。

かくして、私達3人は言葉には出さないものの文系同盟を結んだ。共通の趣味を持っているものは、いつの世も必要なのである。


「大倶利伽羅は和歌にも明るいのね」

ある程度仕事が片付いた時に、腕を伸ばしながら近侍に投げかける。彼は、私の背後で片膝を立てながら壁に凭れている。その様は明らかに武人であるにも関わらず、どこか洗練された美しさを持っていた。

「あんたほどじゃない」
「いやいや、歌仙も褒めてたよ。あんなに雅な会話はなかなか出来ないって」

あの時の彼の興奮のしようを思い出して苦笑する。雅さに欠けるほど鼻息が上がっていたのだ。きらきらと輝く目は、まっすぐに敬意を宿らせていた。あれ以来、歌仙が料理当番になると大倶利伽羅の好物や、奥州にちなんだ料理が出てくるのだから、その気に入り様はわかりやすい。

「俺は別に、雅を求めているわけじゃない」
「それは知ってた」

その言葉にくすくすと笑いが溢れる。まさか大倶利伽羅が雅を求めて生活してるとは誰も思わないだろう。確かに育ちの良さそうな礼儀を持ち合わせてはいるが、それは環境の問題であって、意識しているものではないだろう。第一に、雅を重んじる大倶利伽羅は想像出来ない。

でも。どちらかと言わずとも寡黙な彼が、礼儀作法に優れ、和歌を嗜むというギャップは、非常にいい。それも付け焼き刃のような知識でなければ、ひけらかすような愚かしさもない。自然体とも思える姿は、彼に抱いていた勝手なイメージを丸ごと塗り替えた。
いい子だとは思っていたが、それよりも、ずっと。心の奥が温かくなるような、そんな印象を抱いた。

「その意外性は、ポイント高いよほんと」

所謂マイナスからプラスになるギャップはウケるものだ。普段優等生の人が暴力を奮っているより、普段不良の人が実は優しい、という方がきゅんとするのと同じだろう。

「…そういうものか?」

訝しげに大倶利伽羅が唸る。よくわからない、という言葉が言外に含まれていた。まあ、そうだろう。ギャップを求めたり、そこに萌えるのは大半が女子だろうから。

私は大倶利伽羅の方へと向き直して、改めて彼を見る。うん、どこからどう見ても文系には程遠い。どちらかといえば脳筋属に近い香りがするのだ。なのに実際はただの文系。もう歌仙が諸手を上げて喜ぶほどの文系なのだ。これでいて。

「うん、すごいきゅんきゅんする」
「…ほぉ?」
「ふふ、なんちゃって」

きらり。金色の瞳が鋭さをもった。先程とは明らかに違う興味を携えて、金色が動く。打刀となって、夜目が効くようになった彼は、まるで夜戦の時のような色をしていた。

そして、ゆるゆると。その口端を上げるではないか。それはそれは愉しそうに。笑った彼は、とても妖艶で。それでいて目だけは鋭いままだ。
少しだけ離れていたはずの大倶利伽羅が、立ち上がって目の前で膝をおる。かしずくように。片膝を立てたまま、私の前へと跪いた彼は、ただまっすぐにこちらを見ていた。

「お、くりか…」
「お前は、」

遮るように、口を塞がれた。それは決して唇ではなく、彼の手で。手袋の革布越しに伝わる体温が、何故かいけないことをしているような気にさせた。息が乱れて、目が泳ぐ。

「そうやって俺を…惑わすんだな」

そう囁いた彼は怒っているのだろうか。笑っているのだろうか。既に真顔に戻ってしまっている様子ではわからない。しかし、苦しげに寄せられた眉が、そのリアルさを伝えてくる。
未だ塞がれている口から、小さく吐息が零れる。心拍数が異常に上がっている気がした。呼吸がいつまで経っても整わなくて、全力疾走した訳でもないのに、息が切れている。

する、と手が退いてゆく。横へとずらされていく彼の親指が私の唇をなぜた瞬間、身体が震えた。ゆるやかな動きで親指が唇をなぞる。手袋の少しだけ冷たい布が触れて、しかしじんわりと伝わる体温に私は瞠目するしかなかった。

やがて、彼の口が動く。

「『陸奥の しのぶもちずり 誰故に』」

呪文のように。魔法のように。
その瞬間に、下の句が頭を過ぎって目を見開く。そんな、まさか。

驚いた私を一瞥して満足気に笑った大倶利伽羅は、すぐに立ち上がった。そのまま踵を返して障子に手をかけた時、振り返った。

「返歌は待ってやる」

スパンと小気味いい音を立てて、障子が閉じられる。その瞬間に私は崩れ落ちた。畳がひんやりと冷えていて、熱を持った頬に気持ちよく当たる。自分の心臓の音だけがこだまして、再び息が乱れてくる。

返歌、と彼は言った。ということは、先ほどの歌は私にあてたものだということ。そして、返歌を求めるということは、すなわち求愛の歌であるということで。

「『乱れ染めにし われならなくに』…」

下の句を声に出して、確認してみる。が、どう考えてもこれは相聞歌(恋のうた)だろう。忍ぶ恋をしていたが、私の心は誰かさんに乱されてばかりだ、あのしのぶ摺りの衣のように。

先ほどのぎらぎらするような金色を思い出して、強く目を閉じる。見たことがないような貪欲な金色は、忍ぶ気持ちを隠そうともしていなかった。

その姿を思い出して、再び震える。恐怖ではない。真っ赤になっているだろう顔を伏せて、い草の香りに包まれたまま、私が考えることはやはり。


「返歌、どうしよ…」

気持ちは既に決まっているのだ。それに見合う和歌があるといいのだけれど。ふらりと起き上がって、和歌集を広げる。ほんのりと香る彼の残り香に、私は無意識に笑っていた。
和歌の補足を…

ちはやふる 神代も聞かず 竜田川 唐紅に 水くくるとは
不思議なことが起こっていたという神々の時代にも聞いたことがないでしょうね。竜田川の水が、紅葉で真っ赤に染まっています(在原業平)

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花
難波津に花が咲いたよ。冬を超えて、もう春なんだと、この花が咲き告げています(王仁)

陸奥の しのぶもぢずり 誰故に 乱れ染めにし われならなくに
陸奥のしのぶ摺りの模様のように、私の心は乱れております。誰のせいでしょうね?私のせいではありませんよ?(河原左大臣)



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