3号
□The Star Festival Sory
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〜豪炎寺兄妹の場合〜
「ただいま」
そう言いながら豪炎寺が自宅玄関の扉を開けた瞬間、パタパタとスリッパで駆けてくる音が聞こえてきた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
明るい声と共に夕香は豪炎寺に抱き付いた。
豪炎寺はフッと優しい笑みをこぼすと、頭を撫でてもう一度ただいま、と声を掛ける。
「フクさんは?」
「お父さんのびょういんにいってるよ。お父さんがきゅうにとまることになっちゃったから、きがえとかをもっていったの」
「そうか…」
豪炎寺は少し残念そうに呟いた。
ここしばらく会っていなかったので顔が見たいと思っていたのだが、どうやらそれは叶いそうにないようだ。
豪炎寺が沈んだ表情をしていると、夕香は豪炎寺から離れ、服の裾を引っ張る。
「夕香、どうした?」
「ちょっとこっちきて!」
「あっ…待ってくれ!」
制止を掛けているのにも関わらず強引に進もうとする夕香。
止まりそうにないので豪炎寺は慌て靴を脱ぎ、適当に端に揃えると躓きそうになりながら付いていく。
−−−−−
リビングに着いたと思ったら、夕香は豪炎寺を残しどこかへ行ってしまった。
1、2分で戻ってきたが、あきらかに後ろに何かを隠している。
「お兄ちゃん、きょうはなんのひでしょーか?」
夕香はそう嬉しそうに問い掛けた。
その時動いた際に夕香が後ろに持っていた何かが揺れた。
よく見るとそれは笹の葉だった。
(そうか。今日は7月7日だったな)
豪炎寺はすぐに気付いたが、夕香の意図は分かっている為勿論言う訳にはいかない。
「えっと…何の日だったかな」
「せいかいは…じゃーん!たなばたでした!」
夕香は得意気に笹の葉を豪炎寺の目の前に突き出した。
笹には既に数枚の短冊と飾りが付いている。
「ああ、そうか。今日は七夕か」
かなり棒読み気味だったが、夕香は大きく頷いて笑顔を浮かべた。
「このささ、きょうがっこうでもらったの。それでね、お兄ちゃんがかえってきたらかざろうっておもって」
「ん?フクさんにやってもらわなかったのか?」
夕香が家にいた頃は幼稚園で貰った笹を毎年カーテンレールにくくりつけていた。
いつも豪炎寺が家に帰って来ると飾ってあったので、フクさんがやってくれていたと聞いているのだが。
「お兄ちゃんをまってたんだよ?」
「お兄ちゃんを?」
豪炎寺がおうむ返しすると、夕香首を縦に降って机の上に置いてあった紙を取り上げる。
「だって、お兄ちゃんのおねがいをかいてからかざらないとかんせいじゃないんだもん」
言葉と共に夕香は豪炎寺に短冊と油性マーカーを渡した。
豪炎寺はそれを戸惑いながらも受け取り、椅子に座る。
しかし、いざ短冊を前にすると何を書いていいか分からない。
「…夕香は何を書いたんだ?」
豪炎寺は大分考えていたが、諦めて夕香に救いを求めた。
豪炎寺の手元を見ていた夕香は顔を上げ、ちらっと笹を見る。
「夕香?夕香はね、『かぞくがずっとなかよしでいられますように』と『お兄ちゃんがフットボールフロンティアインターショナルでゆうしょうしますように』ってかいたよ!」
その言葉を聞いた瞬間、不覚にも豪炎寺は目頭が熱くなった。
ついこの間まで辛い思いをしていたのに、家族の、ひいては自分の事を書いてくれたなんて。
夕香に見えないように涙を拭うと、豪炎寺は短冊をにペンを走らせた。
「なんてかいてあるの?」
その様子を見つめていた夕香は、不思議そうに豪炎寺を見つめる。
まだ幼い夕香には難しい漢字が多いようだ。
「『夕香がずっと健康で幸せに暮らせますように』って書いてあるんだ」
「夕香のこと?ゆうしょうできますように、じゃないの?」
「お兄ちゃんのことは夕香が書いてくれたからな。お星さまには十分過ぎるほど届いてるよ」
そう言って優しい笑みを浮かべると短冊を笹に取り付け、そのままカーテンレールにくくりつける。
「おねがいごとかなうといいね」
そう言って夕香が笹を見上げた。
豪炎寺も同じように見上げると、
「きっと叶うさ。だって、夕香が願ってくれたんだから」
と小さく呟いた。
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