3号
□The Star Festival Sory
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〜鬼道兄妹の場合〜
ライオコット島のある日の夜、鬼道は談話室の向かい、休憩スペースの窓から空を見上げていた。
「おにーちゃんッ!」
すると、声と共に突然後ろから肩を叩かれ鬼道は飛び上がる。
バクバク鳴っている心臓を押さえながら振り返ると、ドッキリが上手く行って楽しそうな春奈が居た。
「何やってるの?天体観測?」
「そんな大それたものじゃない。ただ、七夕の時くらいゆっくり空でも見上げないと、と思ってな」
そう言って鬼道が柱にくくりつけてある笹をちらっと見ると、春奈はふーん、などと呟いて隣に椅子を持ってきて座る。
「…あんまり良い空模様じゃないね。どっちかって言うと曇ってる」
空を見上げた春奈から残念そうな声がもれた。
春奈の言う通り、星空は雲の切れ間から時々顔を覗かせる程度しか見えない。
「まあ太陽暦じゃ梅雨の場合が多いからな。昔と違って、なかなか織姫と彦星も逢えないだろう」
「可哀想だよね。せっかく一年に一度逢える日なのに」
ふう、と溜め息をついて空を見続ける春奈。
鬼道はそんな春奈の横顔を見て目線を外す。
「…去年まで、一年に一度逢えるだけ羨ましいと思っていた」
「ん?お兄ちゃん何か言った?」
「いや?何も言っていない」
まさか心の内が口から出ているとは思わなかった鬼道は、慌ててごまかした。
春奈は一瞬怪訝そうに鬼道を見たが、何やら自己完結して再び空を見上げる。
「そう言えば、昔は七夕は盆の行事の一環だった、と言うことを知っているか?」
「え、そうなの?全然知らない」
再び鬼道の方を向くと、春奈は興味津々の表情で続きは?と問い掛ける。
「盆の時はキュウリや茄子で馬や牛を作って、それを霊の依代とするとだろう?七夕はそれが笹なんだそうだ」
「より…しろ?」
「簡単に言えば霊がこの世に留まるための入れ物だな」
「へえー。流石お兄ちゃん物知りだね。それも帝王学で習ったの?」
「まあな」
改めて考えると、自分は本当に幅広い知識を教えられているな、と鬼道は思う。
たまにこの先役に立つのだろうか、と思う勉強も多々あるのだが。
「じゃあ、お母さんとお父さんもあの笹に来てくれてるんだね」
「それは微妙な所だな。盆はあくまで先祖を迎える行事だから、そこに父さんたちを入れていいのかどうか…」
鬼道が首をかしげると、春奈は不満げに鬼道を見る。
「いいの!そんなこと言ってお母さんたちがこれから会いに来てくれなくなっちゃったら、お兄ちゃんの所為だからね?」
一気に言って春奈はそっぽを向いた。
途端鬼道の顔から血の気が引いていく。
「わ、悪かった。頼むから機嫌を直してくれ…!」
「…ふふっ。いいよ、許してあげる」
春奈の笑顔に、鬼道から心底安堵したため息がもれた。
今の鬼道にとって春奈に嫌われると言うことは、代表メンバーから外されることよりダメージが大きい。
「そう言えばお兄ちゃんは短冊に何か書いたの?」
「いや、何も書いていない。円堂や立向居は書いていたようだが」
先ほどの談話室での光景をありのまま伝えると、春奈は不敵に笑って眼鏡のフレームを動かす。
「そうだろうと思って、実はわたしが書いて飾ってあるの」
「気付かなかったな。何と書いてくれたんだ?」
鬼道が短冊を読もうと立ち上がると、春奈が両手を広げて立ち塞がった。
顔の角度を変えて覗こうとするも、全て巧みにブロックされる。
「秘密!」
「なっ…」
秘密と言われると余計見たくなるのが人間の心情と言うものだ。
鬼道は何度かブロック突破を試みたが、まさかのアンデスの不落の要塞並みのディフェンスに歯が立たず、遂に諦めて元の位置に戻った。
「…じゃあ、オレも書くとするか。勿論、おまえには秘密だがな」
「えー?教えてよ?」
「だったらその短冊を見せてもらおう」
「そ、それは…」
短冊と鬼道を交互に見ながら考え込む春奈。
そんな春奈を腕組みをして楽しそうに見つめる鬼道。
その時、どこからか吹いた風で短冊が一枚動いた。
そこには、丸みを帯びた字で『お兄ちゃんが怪我せずに世界一になれますように』と書いてあった。
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