1号
□お互いの“あいつ”のため
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人込みを掻き分けて、色んなヤツにぶつかりながらオレは進む。
アーケードゲームの場所とクレーンの場所は反対方向だから結構時間がかかった。
何とか進むとさっきまでの薄暗い雰囲気から一転、明るく華やかなムードが広がった。
フロアには家族連れや、ガラスに付ける勢いでクレーンの中を覗き込んでいる中高生の女で溢れている。
そんな中ここでもあいつは浮いていた。
赤いマントとおかしなゴーグルをぶら下げて、真剣な表情でクレーンの中のウサギのぬいぐるみと睨み合っている。
「…おい。まだやってたのかよ」
「あ、ああ。店内を一通り見て回ってきたから始めたのは10分程前なんだが、なかなか難しいものだな」
近付いて声を掛けても顔はクレーンの方に向いたままで、あいつは慎重にボタンを押したが全然見当外れの所でアームが宙を掻く。
「ヘッタクソだな」
「言われなくても分かっている」
言葉とともにもう一回。
するとさっきと殆ど同じ場所でアームが空振って何も掴めないまま元の位置に戻った。
更にトライするが何度やっても結果は同じだ。
「もう諦めた方がいいんじゃね?はっきり言っておまえセンスねえよ。いくら注ぎ込んだって無駄だと思うぜ?」
「…おまえの言う通りだな。しかし、せっかく春奈がオレを頼ってくれたんだ。だから兄として応えてやりたい」
兄として…か。
ホントこいつの頭の中には音無春奈しかねえんだな。
どんなに上手くゲームメークをしても、どんなに仲間を大事にしていても、根本にはいつも音無春奈が居る。
確か一緒に暮らすために影山総帥と親父の言う事聞いてたんだったよな。
たかが家族のためにそんなにも身体張れる神経が分からない。
「…またダメか」
そんな事を考えてる間に、あいつはオレがここに来てから5回目の失敗をした。
あの中に千円が消えた計算になる。
あいつはすぐさま財布からもう一枚千円札を取り出すと何の躊躇も無く両替機に突っ込んだ。
「やめとけって。自分でもダメなの自覚してんだからよ」
「言っただろう?春奈に喜んでもらいたいんだ」
崩した百円玉を握ってそこから二枚クレーンの中に入れる。
「…チッ!どけ!」
「お、おまえ何を…!?」
あいつがボタンを押そうとした瞬間突き飛ばして場所を空けさせた。
そして有無を言わさずクレーンを操作する。
『景品ゲット!ヤッタネ!』
カンに障るアナウンスが流れてオレが掴んだぬいぐるみがドサッと転がってきた。
「こんな簡単なモンにてこずってんじゃねえよ」
オレは出てきたそれををあいつに投げつけ、出口に向かった。
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