1号

□覆水盆に返す
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『やれるだけのことはやった。後悔はしていない』


そんなのは嘘だ。
後悔していないわけがない。

緑川は誰もいなくなった校庭で一人、ボールを蹴っていた。
しばらく皆はここに戻ってくることはない。ボールを扱う音がやけに耳に響いた。
緑川が代表落ちを宣告されたのは、島へ出発するほんの数時間前のことだった。
久遠監督も本当に酷な事をしてくれると思う。……良く考えれば、数時間前になるまで決めかねていたのかもしれない。前向きに考えるならば。

しかし、これが現実。世界と対峙するという厳しさなのだ。
わかっている。わかっているのだ、頭では。
戦力外通告を受けた時、『そんな!』という気持ちと『やはり』という対極的な気持ちが両方あった。――わかっていたのだろう、あの監督は。
自分が外されたのに『やはり』なんて思うような選手が必要とされるわけがない。
心の何処かで、立ち止まっている自分がいた。世界に向かう自信が欠けていた。

「駑馬に鞭打つ、では駄目なんだ……」

苛立ちと悔しさをボールにぶつける。
それはあっさりと、誰もいないゴールへ突き刺さった。
……いつもやってこうシュートが決まってくれればよかったのに。
ぽた、ぽた、と水滴が地面に落ちて濃い染みをつくった。それが汗ではないことに気がついた時、緑川は初めて自分が泣いていることを知った。

「オレは……オレは――!!」

己の限界が見えてしまった。
走っても走っても、皆の背中を遠く感じてしまうようになった。
皆に追い付きたくて努力をしているようで、それは努力をしている『フリ』だった。
気持ちが、最初から諦めていたのだ。
「やるだけのことはやった」なんて言葉で自分をなぐさめて。でも、ちっともそんなのなぐさめにはならなかった。強がりだ。言訳だ。
わかっている。わかっているのだ。
嗚咽を漏らしながら、緑川は地面に崩れ落ちた。
声を上げて泣いた。泣き叫んだ。悔しい、と。
みんなと一緒に世界に行けなかったことではない。
自分が自分に負けていたことが、だ。
もっと早く気づけばよかった。いや、本当は気づいていた。気づいていたのに、気づかないフリをしていただけで。



「そんくらいでグラつく実力しかねーんだったら、サッカーなんてやめちまえよ」



聞き慣れたイヤミな声。
いや、そんな事ある訳がない。
何故なら、彼は代表として、すでに日本から世界へ飛び立っているはずだ。
だから、居るワケがない。
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