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□美しい人
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美しいひと



あの人から手紙が来た。

その手紙は、頼みがあるから家へ来て欲しいというもので、俺は読んですぐに列車を手配し彼女の住む街へ向かった。

俺にとってあの人は特別な女性だ。
いつも毅然としていて冷たいほど冷静だけど、時折とても穏やかな女性らしい仕草と表情をして。
軍の中で誰よりも俺たち兄弟に誠実で優しかった。
姉のように慕いながら、いつしか一人の女性として見ていた。
あの男はそれに気づくと、彼女は自分のものだと、視線で無言の圧力を俺にかけるようになったが。
そんなことをしなくても彼女は悲しいまでにあの男しか見ていないのに。
最初から、俺の入る隙間なんてないことは解っていた。
それでも今なら、俺にも望みがあるだろうか?



彼女の家は、街から離れた海沿いの静かなところにあった。
近くに他の家はなく、少し寂しい気がした。
扉の前に立つと、緊張しているせいか真昼の強烈な日差しの中でも寒気を覚えた。
ガキじゃないんだから、と自嘲して扉をノックした。
中で人の動く気配がして、ゆっくり扉が開かれる。

「…エドワード君?」

少し驚いた表情で、あの人が立っていた。

「久しぶり」

6年ぶりに会った彼女は、変わらずに美しかった。







「すっかり大人になって、一瞬誰だか判らなかったわ。あれからもう6年も経ったのよね」

あの頃と同じように穏やかに微笑まれて、胸が痛くなった。
心の奥に隠れていた感情が少しづつ甦ってくる。

「背もずいぶん伸びただろ?」
「そうね、ハボック少佐くらいあるんじゃない?」
「ああ。少佐も最初驚いてたよ」

彼女の淹れてくれた冷たいお茶を一口飲んでから、改めて向かいに座る彼女を見る。
俺の記憶にある彼女は、髪をあげてきっちりとした軍服姿だけど、今目の前の彼女は髪を下ろし、麻のワンピースを着ている。軍服を着ていない彼女に時間の流れを感じた。

「元気そうで、安心したわ。来てくれてありがとう」
「いや、俺も中尉に会いたかったんだ」

2年前にこっちの世界に戻ってから、ずっと彼女の行方が気になっていた。
あの男の部下たちはみんな出世して各方面で活躍しているのは知っていたが、彼女の所在だけは掴めなかった。
中央司令部でハボック少佐に会ったときにそれとなく訊いてみたが、退役して南にいるらしいということしかわからなかった。彼女のことを話す時の少佐はひどく複雑な表情で、俺は彼も彼女を特別に思っていることに気がついた。
それ以来、少佐の前で彼女の話題はしていない。

「アルフォンス君は元気?」
「ああ。リゼンブールでウィンリィと暮らしてるよ」
「そう。ウィンリィちゃん綺麗になったでしょうね。会いたいわ」
「ウィンリィも中尉に会いたがってたよ、ってもう中尉じゃないんだっけ?」
「いえ、最近また軍に復帰したから中尉だけど、できれば名前で呼んで欲しいわ」
「じゃあ、リザ…さん、でいい?」
「ええ」

戸惑いながら訊く俺に、苦笑しながら彼女は頷いた。

「軍に戻ったって、どういうこと?」
「街にある士官学校で講師をしているの。いまは夏の長期休暇中だから暇だけれど」
「セントラルに戻らないの?」
「そうね、まだしばらくはこっちにいるつもりよ」

ザンッと、開いた窓から大きな波の音が聞こえて、俺は立ち上がり彼女の後ろにある窓辺に寄った。
エメラルドとコバルトのきれいなブルーのグラデーションをした海が眼下に広がっている。
時折風が吹くのが気持ちよかった。

「ここに来たとき人気がなくて寂しそうだなって思ったけど、静かでいいところだね。家も広そうだし、眺めもいいし。そうだ、ブラハは?」
「元気よ。裏庭にいるから会ってあげて」
「あぁ。俺のこと、覚えてるかな」
「きっと思い出すわ」

だといいな、と呟いて視線を部屋に戻すと、ドア横のサイドボードの上に2つ写真たてが置い
てあるのに気がついた。
そこに写っている人物が誰かを判別した瞬間、グッと胸に強い衝撃が走る。
1つは軍の正装をしたあの男の写真、もう一方は結婚衣装を着た隻眼のあの男と彼女の写真だった。
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