小説

□君の顔が視たいんだ
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「君はきっと、きれいな顔をしているのだろうね」





褐色の滑らかで細い指がするりと檜佐木の頬をなぞった
 
頬から横一文字に引かれた刺青へ、そして右目を縦に裂く傷痕へとするする指を滑らせていくと彼の霊圧がちりちりと揺れる

これは、照れているな


「え、あの……どうしたんですかいきなり」 



狼狽えつつも無理に引き剥がしたり咎めたりしない、むしろそれを受け入れている檜佐木に東仙は笑った
彼が自分の盲いた目で見る代わりに手で相手を視ることを知っているからか、それとも…自分のいいように考えていいものか分からないが、彼が自分を茶飯事に触れても構わない領域の者とみなしているのか 
後者だと、とても嬉しいのだが 



「うん。何だか急に檜佐木の顔が“視たく”なってしまった」


まぁ、自分は後者の方なのだけれど



「…そ、そうですか」
「うん…、もう少しだけいいかな?」



こくりと頷いた振動を感じ取り、また傷痕をなぞる
幾多もの闘いを乗り越えてきた男の肌は予想に反してまるで卵のようにすっと輪郭が整っている
指先だけでなく手の平で頬を包んでみると檜佐木の顔がじわりと熱を帯びた 

あぁ、やはりきれいだ 
可愛いとも言えるだろうかな


東仙はそっと檜佐木の両頬を包み引き寄せた 
吐息がかかる程の距離、今にも心臓の鼓動まで聞こえてきそうだ 現にどくどくと脈打つ檜佐木の鼓動が東仙には伝わっていた 


「あ……た、隊長」

「檜佐木…私はこの時だけは自分の目が見えないことを後悔してしまうよ…」

東仙は悲しげに細い眉を寄せた 伏せられた彼の長い睫毛がゆれる 

「私は生まれた時からこうだから見ることを知らない。だからあまり見ることに対して執着心がなかったんだ。…なのに君の…檜佐木の顔を見てみたいと、そう思ってしまう」

どうしてだろうね 
彼は苦笑する 
檜佐木は何も言えず、ただ彼から発せられる声に耳を傾けるしかなかった 
東仙は右手で檜佐木の髪に触れ、続ける 

「君の髪は黒色だと聞いた。手触りは固くて、でも触り心地はよくて…まるで鳥のようだ。ある人は濡れ鴉色とも言った。鴉がどんな鳥かはあまり想像できないけれど、鳥の濡れ羽というのは檜佐木の髪に合う表現だと思うから私は好きだ」



髪に触れていた手が瞼に近づく 


「それと、君は自分の目付きは悪いと言っていたね。他の人も同じようなことを言っていた。まるで鋭利な刃物の様だと……切れ長の目ということだろうね。
その口から発する声も刃物みたいで恐いとも言っていたな。
…あぁ、多分檜佐木は察しがついているだろうけど責めないでやってくれ。私が聞いたのだから。
でも私は檜佐木の声はとても好きだ。とても心地よく聞こえる。
顔の傷とか刺青が恐いとか言われてるけど私にはそうは思えない……まぁ見えていないからかもしれないけれど、霊圧も温かで分かりやすくて、檜佐木が笑うとすぐわかるんだ。あぁ、これが笑っているということなんだって……
……あれ、話が脱線してしまったかな…?」


うーん、と唸る東仙を檜佐木は目を見開いて凝視してしまっていた 
何故ならこんなに一気に話し続けた東仙を檜佐木は目にしたことが無かったからである
彼は普段こんなに多弁に話さない人の筈だ 
それに東仙がこれほど自分を想ってくれていたことにも驚いたが
(別に自信が無かった訳ではない。多分)

隊長そんなこと考えてたんですかとか、なに人のこと聞き回ってんですかとか、てか俺そんなめちゃめちゃに言われてたんですかとか、そんなことも吹っ飛んでしまった


いつの間にか、顔だけではなく体まで二人の距離は縮まっている
丁度檜佐木が東仙に引き寄せられて前のめりになっているかたちだ 
体格差で自然と少し上から東仙を見ることになるが、やはり彼のほうが上なんだなと感じている自分がいた(上、というのは色々な意味でだ)

東仙は再び檜佐木の頬に触れた
そして苦笑する

「まぁ取り敢えず、私はそんな檜佐木の顔を見たくなってしまったんだ」
「……隊長」
「その濡れ鴉色の髪や切れ長の目、私の好きな声を発する君の口……」


どこか恍惚とした表情で東仙は言う
かかる吐息もすこしばかりか熱を帯びているようで檜佐木はまるでその熱が自分の体に伝染したかの様な感覚に陥った
胸が甘く、苦しくなる


「君の全てを視てみたい」


とくん、と胸が高鳴った

近い距離だからこそ分かる、不透明なゴーグルから覗く隊長の長い睫に縁取られた目 
自分を視ようとする、綺麗な、目 

「…たい、ちょう……」

檜佐木は変な気分になった
熱に浮かされた様な、嬉しい様な、悲しく切ない様な変な気分だ
「無理言わないでくださいよ」なんて死んでも言わない
無理なんて誰が決めた 
けれども「はい、じゃあ視てみて下さい」とも言えない 
見えないから言っているのだ、彼は 
言いようの無い矛盾と彼に何もしてあげられない己の無力さ 

普段からどこか儚な気な雰囲気の東仙が今は何時にも増して弱々しい存在に思われる

守りたい、この人を 
そう思った 




檜佐木は黙って東仙の隊長羽織の袖を握った 

それを合図にしたかのように東仙は檜佐木に唇を重ねた


「ん……」


東仙の肉厚で艶やかな唇が檜佐木の薄く引き締まった唇を覆う 

あ、もってかれるな 
まぁ最近ご無沙汰だったしいいか
檜佐木はそう思った





しかし檜佐木の予想に反して東仙は唇を軽くはんだだけでそれ以上のことはせずに離れていった
離れ際にちゅ、とリップ音を鳴らして

拍子抜けした檜佐木は呆然としている 

「ふふ、物足りなさそうだね」
「えっ…?いや、これは…そのっ…!!」

痛いところを突かれた 
まるで見えているかのように東仙が言うものだから、先の言葉が何処か矛盾している様な気がして仕方なかったがやはり彼は盲人なのだ
矛盾はしていない、はず



「ごめんごめん、からかいすぎた」
「いや、そんなことは…」
「でも檜佐木の空気が温かいから……喜んでいるね」
「隊長っ!!」
「あはは、ごめんごめん」







いつかきっと、貴方の目が俺を映す時がきたら 
俺は心から嬉しく思う 
でも、こなくたって構わない 
きてはいけない気がする 

例え貴方の目に、永遠に俺を映す時が訪れないとしても 
俺は心から、俺という存在全てを貴方に捧げますから 


どうか俺の傍で、笑っていて下さい







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