銀妙お題部屋

□気付かないフリ(銀妙好きに15のお題)
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1月のとある休日。もはや待ち合わせの名所とも言えるハチ公前に、一人の女性の姿があった。髪を高いところで結い上げたポニーテールがトレードマークの彼女は、ひざ上丈の紫ニットのワンピースに、白のタートルネックと黒のドールジャケット、そして同じく黒のニーソックスに足元は赤いパンプス。ポニーテールには赤色のシュシュがついていた。
 
普段の彼女を知っている者は、一瞬誰かと目を疑うだろう。学生服以外の普段着であっても、彼女自身、このような装いはしないのであるが、今日は違った。なんてったって、今日は想い人とお出かけをする日だから。と言っても、ただ単に遊びに行くのではない。目的は別のところにある。それでも、おしゃれしたくなるのが女心というもので。
 
彼とのお出かけが決まった時、嬉しい反面、とても悩んだ。今まで弟一番で恋愛もそっちのけで生きてきた彼女にとって、休日に男性と出かけるなんて機会はなかった(あっても断ってきた)し、おしゃれにだって構っていられなかった。そんなワケで、こういうときに身近で一番頼りになる友人・おりょうにそれとなく相談したところ、ノリノリで彼女を着せ替え人形のごとくいろんな服を試着させ、やっと決まったコーディネイトがこれだった。

もちろん、好奇心旺盛なおりょうは、何故いきなり彼女がそんな相談をしてきたのか、誰と何しに行くのかしつこく聞いてきたのだが、適当に受け流している間に服選びに夢中になり、選び終わった頃には達成感に満たされたようですっかりその話は消えてしまっていた。単純な人間でよかった、と彼女はほっとした。
それにしても―

「遅い・・・。」
 彼女は腕時計を見ながら呟く。時刻は午前11時15分。待ち合わせの時間を15分過ぎてしまっているというのに、まだ彼は来ない。たった15分・・・という意見もなくはないが、そもそも待ち合わせの30分前には着いていた彼女にとって、この15分は余計に長く感じた。早く着いた分は、何度も自分の服装や髪型をチェックして時間をつぶしていたので、尚更だ。

「まぁ、あの人らしいけど。」
 仕方ない、とタメ息をつく。長期戦を覚悟してどこか座れるところでも、とベンチを探すために足を一歩踏み出したとき。

「ねぇ。」
 急に声をかけられた。だけど、それは待ち人のものではなくて。面倒くさいことになるのは嫌だから、その声を無視して歩き出す。大体はそれで引き下がるのだが。

「ちょっと、ちょっと。聞えてるんデショ?無視はないんじゃないかぁ〜。」
 今日の相手はしつこかった。不躾にも彼女の腕を掴んで引き止めると、ニヤけた顔を近づけてくる。彼女はその顔を睨みつけると、冷たい声で言い放った。

「別にこちらは貴方に用はないんです。離してください。」
「そんな怖い顔しないでよ〜。キミ、一人なんでしょ?俺と遊ぼうよ。」
「そんなムダな時間、持ち合わせておりません。」
「またまた〜。いいじゃん。遊ぼうよ〜、絶対楽しいからさぁ。」
 いくら彼女が相手にしなくても、掴んだ手を離さず強引に誘う。くだらない押し問答にいい加減腹が立ってきて、最終奥義の怒りの鉄拳をお見舞いしてやろうかと拳を握り締めたとき、背後から待ちわびた人の声が聞えてきた。

「オイコラ、にーちゃん。ちょっと、うちの子にちょっかい出さないでくれるぅ〜?言っとくけど、その子はヤバイよ?どんくらいヤバイかっていうと、マジヤバイ。手なんか出したら死んじゃうよ?」
 タバコをふかしながら、ヤル気のない声でそう告げる。彼の言葉に若干引っかかるものがあったので軽く振り返って睨んでやると、いつものメガネはしていないが、相変わらずの死んだ魚のような目で彼女を見返した。
 急な待ち人の登場にナンパ相手は顔を顰めつつも、まだ引き下がらない。
「ああ?テメーは関係ねーだろ!すっこんでろっ!!」
「きゃあ!?」
 そう言うと、掴んでいた彼女の腕をひっぱって、その肩を抱く。突然のことに驚いたが、すぐに自分の置かれている状況を理解した彼女は、とうとう怒りメーターが振り切ってしまった。

「・・・なに・・・。」
「え?」
 突然顔を伏せ体をわなわな震わせる彼女に、ナンパ男はどうしたのか、とその顔を覗き込もうとする。が。
「さらしとんじゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぶべらぁっっっ!!!!!!!」 
 覗きこんだ男のその顎に綺麗なアッパーカットを決めた。
「だから言ったのに・・・。」
 彼は、忠告したにも関わらず勇猛果敢にアタックしていたナンパ男に対して、哀れみというよりも、呆れた視線を投げてよこした。

「おとといきやがれ。」
 未だ般若の形相の彼女はそんな捨て台詞を吐くと、彼の方へと振り返った。しかし。
「おい・・・!てめぇ、こっちが下手にでりゃあ、いい気になりやがって・・・!!」
 彼女のアッパーカットを喰らったにも関わらず、なんとナンパ男が立ち上がった。そして乱暴に彼女に手を伸ばしたとき―

「っ!!?」
「・・・いい加減にしとけや。」
 いつの間にか彼女の前に立っていた彼は、伸ばされたナンパ男の手首をギリリと握り締める。低く唸ると、深紅の瞳を細めて男を睨んだ。それに男がひるむ様子を見せると、彼は咥えていたタバコを口から離し、ふぅと煙を吐きだしてニヤリと微笑う。
「あんまりしつこいと嫌われちゃうよ?わかったら、さっさといけ。」
 そう言うと彼は掴んでいた手を離し、タバコを男の額にこすりつけた。アチチ・・・と情けない声を挙げて逃げ去っていくナンパ男を見送ってから、彼女はため息をついて彼を見た。
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